サルの社会から学ぶ、他者との向き合い方
ビジュに学ぶ、モテのヒント
イギリスのハウレッツ野生動物公園から、上野動物園にゴリラのビジュ(オス)がやってきた。群れ育ちで繁殖経験もある10歳の若者だ。飼育下でゴリラを繁殖することは世界的な課題だった。ビジュに対する期待も高まったと黒鳥氏は言っている。
ビジュに対する期待はメスのゴリラたちも同じだったようだ。自信に満ち、堂々としているビジュの様子を見るメスたちの目が、明らかに今までのオスに対するものとは違ったという。
最初は、リラコ(メス)、ゲンキ(メス)、ビジュの3頭で同居となった。しかし、リラコがケガをしたため、ゲンキとビジュの2頭だけで暮らすことに。その間に2頭は急接近をし、交尾に至ったのだ。その後も毎月、ゲンキが発情するたびに交尾をする。発情中のゲンキはビジュにべったりで、ビジュが休んでいても、気を引くために腕を引っ張り、砂をかけるなどして起こしてしまうほどだったという。やがて、リラコが復帰し、ローラ(メス)も加わった。しかし、なかなか赤ちゃんはできなかった。
そこに加わったのが、別の動物園から来たモモコ(メス)である。来たばかりなのに先輩のメスたちにもまったく物怖じしないモモコの行動に、黒鳥氏はとても心配したという。
しかし、黒鳥氏の心配をよそに、モモコは、群れに入ってたったの2日で、ビジュと交尾をしたのだ。
そんな新入りのモモコの態度が面白くないのが、メスの序列1位だったリラコである。モモコとビジュの交尾がはじまると、リラコは間に入ったり、モモコの足を引っ張ったりして邪魔してしまう。しかし、当のモモコは、全く意に介さずに、交尾を続ける。
ビジュはというと、モモコの発情が終わると、今度はリラコと積極的に交尾をするのだ。メス同士が修羅場になっても、群れがバラバラにならなかったのは、ビジュの力だったと黒鳥氏は言っている。
臆病なトト(メス)が群れに加わったときも、ビジュの力が際立った。なかなか放飼場に出てこないトトに草をプレゼントし、じっと外で待ってやさしく誘い出していたのだ。ビジュはトトとも交尾し、トトも群れのなかに安心していられるようになった。
黒鳥氏によると、群れを率いるオスゴリラに必要なのは、マメさだという。メスたちにトラブルが起きたとき、すぐに間に入って落ち着かせる技術や、どのメスも平等に扱う態度により、オスはメスたちの信頼を得ることができるのだ。リーダーは力を振りかざすだけでなく、調整する能力が大事なのである。
言葉がないから、わかり合える
時にはゴリラは嘘をつく。
寒い冬の雨の日に、 外に出る時間になったら、ローラが急に頭を抱え「ウーッ」と苦しそうにしたという。調子が悪いのかと思い、外に出さずに見えない隣室のモニターで 様子を見ていると、何もなかったように部屋の中で遊んでいる。そこで、また外に出そうとすると、苦しそうに仮病を使ったそうだ。
その一方で、ゴリラと飼育員の関係性は、病気やケガの治療で試めされると黒鳥氏は言っている。飼育員は、薬を飲ませたり、採血や麻酔をかけたりとゴリラたちが嫌がることをしなければいけないからだ。
麻酔をかけるときは、絶食をさせて吹き矢で麻酔を打つことになる。吹き矢を当てられると「痛いからもう止めてくれ」と言わんばかりに、吹き矢を返しに来るゴリラやチンパンジーもいるという。信頼しているからこそのリアクションだと黒鳥氏は言う。