タイ政府、王室への不敬罪2年ぶりに適用へ 天下の宝刀抜き、反政府運動は新局面へ
これに対し現国王でプミポン前国王の長男であるワチラロンコン国王は、結婚と離婚を繰り返し愛人も抱え、愛犬に軍の階級を与えたり、上半身の入れ墨がみえる「タンクトップ」姿で1年の大半をドイツで生活するという「国民とはかけ離れた暮らし」ばかりが強調される存在だ。
こうした国王の姿が反政府デモで学生や若者から「王室改革」が要求の1つとして掲げられる大きな要因となっている。
伝家の宝刀、不敬罪の復活
プラユット首相などは「反政府の運動は理解できる面もあるが、王室には触れるな」とデモや集会に警告を与えていたが、「不敬罪」が実質的に約2年間適用されていなかったことから「国王批判」が急速に高まってきたのだった。
BBCなどは今回の「不敬罪復活」の背景には「ワチラロンコン国王による指示」があるとしているが、確認されていない。
プラユット政権は2年前の「不敬罪適用中止」も今回の「不敬罪適用再開」もいずれもワチラロンコン国王の意志によるとしているが、これもある意味「国王の政治的利用」にすぎないのではないか、との批判も一部ではでている。
いずれにしろタイの反政府運動は政府が「不敬罪」という「伝家の宝刀」を抜いたことで新たな局面に入ったことは確実といえるだろう。
不敬罪をめぐる裁判は基本的に非公開とされ、長期刑という厳しい求刑に直面する。こうした事態にデモや集会の主催者や参加者がどこまで対応し、今後の反政府運動がさらに先鋭化して治安部隊との流血の対決という事態にまで発展するのかが最大の焦点になるだろう。
すでに反政府デモは警察部隊と放水・催涙弾による衝突、さらに王室支持派とも小競り合いを繰り返しており、終着点の見えない運動となっている。
最近は「国王・王室への直接的批判」という危険水域にデモ隊参加者などが入ったことが、プラユット政権による「不敬罪復活」に踏み切った最大の要因とみられている。
それだけに反政府運動側が要求の中から「王室改革」を取り下げるかどうかも注目となる。
王室支持派は「反政府デモ参加者はタイ王室の廃止を主張している」と批判するが、反政府デモ隊の学生や若者、主催者らは「タイ王室の廃止など求めていない。あくまでも国民主体の王室改革を求めているだけである」としており、このあたりの「論点整理」も喫緊の課題となってくるだろう。
間違いのないことは、今回の「不敬罪復活」でタイ情勢は一気に混迷の度を深め、社会全体の緊張度がこれまで以上に高まっているということだろう。ますますタイから目が離せなくなってきた。
[執筆者]
大塚智彦(フリージャーナリスト)
1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など