日本学術会議問題に僕たち映画人が声を上げた理由(森達也)
Why We Have to Fight Back
アメリカのアフガン侵攻から20年近くが過ぎるが、この間に僕のスタンスは微妙に変化した。それを強引に言葉にすればアンガージュマン(政治や社会に対する積極的な関与)。特に第2次安倍政権が始まって以降、安全保障関連法や共謀罪、特定秘密保護法などが国会で(数の力で)強行採決されるたびに、国の形がどんどん変わってゆくことを実感して、座して沈黙するだけでよいのかと自問自答していたことは確かだ。
とにかく数分は考えた。でも答えは決まっている。特に映画に仕事として関わる人ならば、「自分たちの問題と捉え」ることには理由がある。僕は井上に了解と返信し、是枝に賛同人依頼のメールを送った。すぐに「もちろん賛同します」と返信が来た。
声明公開後、ネット上では多くの賛同と、それを上回る批判の声があふれた。批判の多くは、「左派学者を応援する左派映画関係者」とか「反自民の左巻き監督たち」とか「中国共産党の手先である学者と映画関係者」などと揶揄する書き込みばかりだ。
だから改めて思う。ここは絶対に引けない。「よほど暇なんだな」「映画だけ作っていればいいじゃないか」などの書き込みも多い。もちろん本業は映画制作だ。映画だけを作っていたい。でも(もう1回書くが)「自分たちの問題と捉え」ることには理由がある。政治権力の暴走や社会のセキュリティー意識の高揚の前では、自分たちがいかに無力であるか、その歴史を僕たちは知っている。
赤狩りを喜んだ米国民
第2次大戦終結後、資本主義・自由主義陣営の西側諸国と共産主義・社会主義陣営の東側諸国との対立が激化して、冷戦の時代が始まった。特にハリー・トルーマン米大統領が共産主義封じ込め政策(トルーマン・ドクトリン)を議会で宣言した1947年以降、米国内における共産党員やそのシンパに対するレッドパージ(赤狩り)は激化した。多くの文化人や作家、芸術家などが、「自分は共産党員でもシンパでもない」と議会で証言することを迫られた。
もちろん、共産党員であったとしても違法ではない。何よりも、アメリカの憲法修正第1条は思想や信条の自由を保障している。しかし旧ソ連と共産主義者に対する不安と恐怖を燃料にした赤狩りはその後もエスカレートを続け、下院非米活動委員会から特に標的とされたのは、社会に対する影響が最も大きいと見なされたハリウッド映画だった。