中南米でコロナ禍の貧困が拡大 破れる中産階級の夢
貧困は2005年の水準へと急激に逆戻りしつつある。
多くのエコノミストは、今回の危機によってラテンアメリカが長年に渡る弱点を放置してきたことが露呈した、と指摘する。つまり、鉱業や農業など生産性の低いセクターへの依存、労働者の公式雇用への移行を促進しなかったこと、少数のエリート層に集中した富を再配分するための実効性ある税制の欠如といった問題だ。
アルゼンチンのフェリペ・ソラ外相は先日のG20会合で、「世界をいっそう脆弱なものにしてきた不公平と格差に対する我々の取組みを促す警告として、今回の危機を活かすべきだ」と述べた。
国際非政府組織(NGO)オックスファムの地域担当ディレクターを務めるアジェ・エルナンド氏によれば、今回のパンデミック(世界的な感染拡大)により、貧困層が5200万人増加し、新たに4000万人が職を失った可能性があるという。特に深刻な影響を受けているのが、女性と先住民である。
「セーフティネットがない。いったん落ちれば、どこまでも落ちていく」とエルナンド氏。「これによって、この地域における社会的合意が崩壊し、何年にもわたって大規模な社会対立に繋がりかねない」
昨年は複数のラテンアメリカ諸国で抗議行動が発生したが、このパンデミックを機に、食糧不足や不平等、国家による支援の不足などがさらに注目を集めるようになっている。
チリでは2019年、抗議行動が暴動へと発展したが、今回の景気後退により怒りが再燃している。ペルーでは、中小企業への支援が不足していたとして議会が大統領・経済担当大臣の解任を求めた。ベネズエラではCOVID-19以前から貧困状況が悪化しており、欠乏状態に対する抗議が強まっている。
貧しさが感染を拡大
新型コロナウイルス感染がラテンアメリカに広がるまでに時間はかかったが、影響は深刻である。
いまや感染者数の世界上位10カ国のうち、5カ国はラテンアメリカ諸国であり、世界の総人口に占めるシェアがわずか8%であるにもかかわらず、パンデミックによる死者では世界の34%を占めている。
その原因の1つとして疫学者たちが挙げるのが「貧困」である。
国際労働機関(ILO)によれば、労働者のうち最大58%が非公式セクターで働いており、その多くは、感染したからといって隔離を受け入れれば食費にも事欠いてしまう。
国連ラテンアメリカ・カリブ経済委員会(ECLAC)によれば、この地域の企業の20%近い約270万社が事業を閉鎖する見込みだ。ILOは、すでに3400万人が失職していると述べている。
失業手当の受給資格がある労働者の比率は、北米・欧州の44%に対し、ラテンアメリカでは12%にすぎない。
そのため多くの自営業者や新興の起業家たちは厳しい状況に直面しており、何年にもわたって成長が阻害される可能性がある。
ペルーの首都リマで衣料品店を営む36歳のグッドニー・アイキパさんは、「この2カ月、娘の授業料を払えないでいる」と話す。
アイキパさんの両親は田舎から出てきて露天商として働いていた。だがアイキパさん自身は、自分の家を建て、娘が通う私立学校の学費を払い、休暇を楽しむこともできるようになった。自動車を購入する予定もあった。
だが、ペルーでは人口あたりの新型コロナによる死者数が世界でも最悪となり、アイキパさんはTシャツ販売店を畳まざるをえなくなった。「電気代、水道代も1カ月滞納している。店の家賃に充てる分を食費に回した」と彼女は言う。
ECLACのアリシア・バルセナ事務総長によれば、新型コロナ以前でも8割の人々が貧困ラインの3倍以下の収入で暮していたが、失業という点で最も厳しい打撃を被ったのは最貧層だったと話す。
「こうした人々がきわめて脆弱な状況に置かれているなかで、中産階級に目を向けるのは非常に困難だ」とバルセナ氏は言う。