パプア牧師殺人事件、政府調査団を地元教会が拒否 当局は現地に軍事作戦地域を発令か
捜査も調査も共に暗礁に乗り上げ
ところがこの調査チームは蓋を開けてみれば「治安当局関係者、情報機関関係者、政府関係者」などで構成されており、「独立性に完全に欠けており、中立で公正な事件の全容解明など不可能である」として、パプア教会評議会は同チームの受け入れを拒否することを決めたとしている。
このパプア教会評議会の指摘が事実とすればマフード調整相が先に示した「客観的真相解明を期待できる人選」ではなく政府側、治安当局側に偏った編制であることが明らかといえ、パプア側の政府への失望と反発を招いただけといえるだろう。
インドネシアではTPNPBの上部組織とされる「自由パプア運動(OPM)」をはじめ、独立を求めるパプアの各種団体、学生組織は12月1日の「独立記念日」に向けた動きを活発化させており、治安当局とジョコ・ウィドド政権も警戒を強めている。
12月1日までになんとしてもエレミア牧師殺害事件の解明を図りたいとしていた政府の思惑はこれで捜査、調査ともに「暗礁」に乗り上げることになった。
軍事作戦地域の悪夢再来の警戒感も
こうした中でマフード調整相は12月1日の治安悪化を懸念するあまり、パプア地方での軍備を強化し、「軍事作戦地域(DOM)」を発令することを検討しているのではないか、との情報も流れ、パプア地方では警戒感が強まっているという。
DOMは1998年に崩壊したスハルト独裁政権時代、反政府を掲げて独立武装闘争が続いた東ティモール、スマトラ島最北部のアチェと並んでパプアが指定されていた。
「DOM」では国軍部隊が集中的に派遣され、準戦時下ということで特権を認められた軍により一般人の逮捕、暴行、拷問、殺害などが続発した。
東ティモールは2002年に念願のインドネシアからの分離、独立を果たし、アチェは2004年のスマトラ沖大地震・津波を契機に和平交渉が進展、イスラム法(シャリア)の適用がみとめられた特別な州としての地位を獲得している。
DOMは解除されたもののパプア地方だけが小規模ながら現在も独立武装闘争が続き、インドネシア政府にとっては「喉元に刺さったトゲ」の状態となっている。
一部報道によると、地下資源、森林資源が豊富なパプア地方では地元住民や地元自治体、地元企業などが所有する開発に関する既得権益をインドネシアの大手開発業者や外国企業などが虎視眈々と狙っているとされ、こうした開発権益を巡る地元との対立、暗闘も治安安問題解決を急ぐ政府側の思惑の背後にあるとの見方も有力だ。
ジョコ・ウィドド政権や治安当局にはパプアでの治安安定早期実現にはDOM再指定もやむなしという空気が徐々に醸成されているとの見方もあり、これが事実とすればパプア問題は新たな局面を迎えることになる。
パプア人の人権問題をはじめとしてインドネシアの現代史で闇とされる数々の人権侵害問題に対して「真相解明」を約束してきたジョコ・ウィドド大統領だが、最近は未曾有のコロナ禍への対処に忙殺されている。
そのコロナ感染拡大防止でもこれといった切り札が尽き、徒手空拳状態と批判されているだけに、パプア問題では治安当局から主導権を取り戻し、「庶民派大統領の真骨頂」をみせてほしいとの期待の声が特にパプア人の間から高まっている。
[執筆者]
大塚智彦(ジャーナリスト)
PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など
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