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東京五輪に買収疑惑の暗雲が再び──フィンセン文書で「送金」の詳細が明らかに

Tokyo Olympics Suspicions Redux

2020年10月7日(水)19時00分
北島 純(社会情報大学院大学特任教授)

これまでに、東京五輪招致委員会がシンガポールのコンサルタント「ブラックタイディング(BT)」に、232万5000ドル(約2億3000万円)を送金していたことが、2016年5月に行われた竹田恆和JOC(日本オリンピック委員会)会長(当時)の国会参考人招致や同年8月に発表されたJOCの調査報告書で認定されている。しかし、その後にBTからディアク側にどのように資金が移動したかについて、詳細は明らかにはなっていなかった。

今回のフィンセン文書報道が注目されたのは、その具体的な資金移動を示す事実の一端が明らかにされたからだ。

疑惑追及の機運再燃?

マネーロンダリング監視の観点から、米財務省金融犯罪取締ネットワーク局には不審な金融取引を報告する書類が金融機関から提出される。その記録2121件を同局職員が米メディアのバズフィードに提供。この記録がICIJ(国際調査報道ジャーナリスト連合)に共有され、今回一斉に報道が開始された。そして、パパマッサタが持つロシアの銀行口座やセネガルの関連会社の口座などに、BTから計約37万ドルが送金されていることが判明したのだ。

9月のディアク親子の有罪判決はこれまでの捜査経緯から見て想定の範囲内であり、またフィンセン文書についても、推定されていた資金移動の証拠がリークされた公的記録によって裏付けられただけのように見える。

しかし、ディアク親子が関与した2016年のリオデジャネイロ五輪招致疑惑については、既に同五輪組織委員会会長と元リオ州知事、そして疑惑の中心人物とされる実業家のアーサー・ソアレスが贈賄容疑で軒並み逮捕・起訴されており、疑惑追及は完了している。今後、ディアク親子が関与した残る案件である東京五輪招致の疑惑追及の機運が再燃しないとも限らない。

巨額な放映権ビジネスを伴うスポーツイベントには、招致決定の集票をめぐる「影響力行使」に危うさが付きまとう。日本の広告会社である電通とスイスのスポーツマーケティング会社AMS(アスレティックス・マネジメント・アンド・サービシズ)の東京招致をめぐる不透明な関係も取り沙汰されている。

現在の日本には民間同士の贈収賄を処罰する法律はない。だが2010年に制定されたイギリス贈収賄法のように、処罰範囲を私人にまで拡大させるグローバルな潮流がある。

1996年の長野冬季五輪でも、招致委員会の会計資料が「焼却」された。もし新型コロナが感染拡大せず、今年夏に予定どおり東京五輪が開催されていたら、招致疑惑が再燃しても「後の祭り」で誰も気に留めなかったはずだ。

招致活動の倫理規定遵守を期待するだけでは、スポーツが本来的に有する「インテグリティ(高潔性)」を確保できないことはもはや明らかだ。コロナ禍での疑惑再燃を不幸中の幸いとし、膿を出し切る──日本五輪の父・嘉納治五郎なら「精力善用(善をなすために能力を最も有効に使う)せよ」と言うだろう。

<本誌2020年10月13日号掲載>

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