ペルー人質事件の再現『ベル・カント』は、原作のほうがずっと魅力的
Squandering a Fascinating Story
人質の(左から)コス、ホソカワ、ゲンはテロリストと心を通わせるまでになる (c) 2017 BC PICTURES LLC ALL RIGHTS RESERVED.
<1996年の日本大使公邸占拠事件をテーマにテロリストと人質の危うい関係を描こうとしたが......>
1996年12月、ペルーの日本大使公邸で開かれていたパーティーに反体制派が乱入し、多くの賓客を人質に取って立て籠もった。膠着状態は約4カ月も続いたが、最後は特殊部隊が突入して犯人全員を射殺し、人質を解放した。
この事件に着想を得たのがアン・パチェットの小説『ベル・カント』(邦訳・早川書房)で、それを『アバウト・ア・ボーイ』の監督ポール・ワイツが映画化したのが『ベル・カント とらわれのアリア』だ。物語の細部は事実と異なるし、舞台も中南米某国の副大統領公邸に変えられている。とはいえ、私たちの好奇心をかき立てる要素はちゃんと残っている。多数の人質とテロリストが閉ざされた空間で、何カ月も一緒に暮らしたらどうなるかだ。
人質の1人はパーティーの主賓である日本人実業家ホソカワ(渡辺謙)。工場誘致のために招かれたが、本人はお気に入りのソプラノ歌手ロクサーヌ・コス(ジュリアン・ムーア)のサロンコンサートにしか興味がない。
そのコスが素晴らしい歌声を披露しているところへ反体制派がなだれ込む。リーダーは教師から革命家に転じたベンハミン(テノッチ・ウエルタ)。突き付けた要求は、収監されている政治犯(彼自身の妻を含む)の釈放だ。
警察に包囲された彼らに逃げ場はない。人質を殺せば自分たちも殺される。人質に逃げられても困る。こうなったら仲良くするしかない。
政治劇? 人間ドラマ?
人質の側も同様だ。フランス大使は暴走しそうな若いテロリストを父親のようになだめ、副大統領は組織に加わったばかりで内気な若者に、全てが終わったら君を雇ってあげると約束する。
赤十字から派遣された交渉人は、図らずもベンハミンに共感する。ホソカワとコスの距離は縮まる。テロリストのカルメンと、彼女に読み書きを教えるホソカワの通訳係ゲン(加瀬亮)の間にも恋心が生まれる。
こうした解説で興味が湧いたなら、パチェットの原作を読むべきだ。映画は描写が平板で、中立的な視点であろうとするので観客の心を揺さぶらない。一方、小説は巧みにフラッシュバックやエピソードを挿入し、ラテンアメリカ文学の魔術的リアリズムを思わせる雰囲気が漂う。