最新記事

映画

ペルー人質事件の再現『ベル・カント』は、原作のほうがずっと魅力的

Squandering a Fascinating Story

2019年11月15日(金)17時00分
マリッサ・マルティネリ

人質の(左から)コス、ホソカワ、ゲンはテロリストと心を通わせるまでになる (c) 2017 BC PICTURES LLC ALL RIGHTS RESERVED.

<1996年の日本大使公邸占拠事件をテーマにテロリストと人質の危うい関係を描こうとしたが......>

1996年12月、ペルーの日本大使公邸で開かれていたパーティーに反体制派が乱入し、多くの賓客を人質に取って立て籠もった。膠着状態は約4カ月も続いたが、最後は特殊部隊が突入して犯人全員を射殺し、人質を解放した。

この事件に着想を得たのがアン・パチェットの小説『ベル・カント』(邦訳・早川書房)で、それを『アバウト・ア・ボーイ』の監督ポール・ワイツが映画化したのが『ベル・カント とらわれのアリア』だ。物語の細部は事実と異なるし、舞台も中南米某国の副大統領公邸に変えられている。とはいえ、私たちの好奇心をかき立てる要素はちゃんと残っている。多数の人質とテロリストが閉ざされた空間で、何カ月も一緒に暮らしたらどうなるかだ。

人質の1人はパーティーの主賓である日本人実業家ホソカワ(渡辺謙)。工場誘致のために招かれたが、本人はお気に入りのソプラノ歌手ロクサーヌ・コス(ジュリアン・ムーア)のサロンコンサートにしか興味がない。

そのコスが素晴らしい歌声を披露しているところへ反体制派がなだれ込む。リーダーは教師から革命家に転じたベンハミン(テノッチ・ウエルタ)。突き付けた要求は、収監されている政治犯(彼自身の妻を含む)の釈放だ。

警察に包囲された彼らに逃げ場はない。人質を殺せば自分たちも殺される。人質に逃げられても困る。こうなったら仲良くするしかない。

政治劇? 人間ドラマ?

人質の側も同様だ。フランス大使は暴走しそうな若いテロリストを父親のようになだめ、副大統領は組織に加わったばかりで内気な若者に、全てが終わったら君を雇ってあげると約束する。

赤十字から派遣された交渉人は、図らずもベンハミンに共感する。ホソカワとコスの距離は縮まる。テロリストのカルメンと、彼女に読み書きを教えるホソカワの通訳係ゲン(加瀬亮)の間にも恋心が生まれる。

こうした解説で興味が湧いたなら、パチェットの原作を読むべきだ。映画は描写が平板で、中立的な視点であろうとするので観客の心を揺さぶらない。一方、小説は巧みにフラッシュバックやエピソードを挿入し、ラテンアメリカ文学の魔術的リアリズムを思わせる雰囲気が漂う。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

韓国で国内最悪の航空機事故、胴体着陸で壁に激突炎上

ワールド

米国に「最強硬対応戦略」、北朝鮮が決定 日米韓は核

ワールド

アングル:移民取り締まり強化は「好機」、トランプ氏

ビジネス

アングル:高い酒が売れない、欧米酒造メーカーのほろ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2025
特集:ISSUES 2025
2024年12月31日/2025年1月 7日号(12/24発売)

トランプ2.0/中東&ウクライナ戦争/米経済/中国経済/AI......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ヨルダン皇太子一家の「グリーティングカード流出」が話題に...「イマン王女が可愛すぎる」とファン熱狂
  • 2
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリスマストイが「誇り高く立っている」と話題
  • 3
    流石にこれは「非常識」?...夜間フライト中に乗客が撮影した「ある写真」にSNSでは議論白熱 どちらが正しい?
  • 4
    イースター島で見つかった1億6500万年前の「タイムカ…
  • 5
    「弾薬庫で火災と爆発」ロシア最大の軍事演習場を複…
  • 6
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 7
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 8
    スターバックスのレシートが示す現実...たった3年で…
  • 9
    生活保護はホームレスを幸せにするか、それを望んで…
  • 10
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたま…
  • 1
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 2
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊」の基地で発生した大爆発を捉えた映像にSNSでは憶測も
  • 3
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3個分の軍艦島での「荒くれた心身を癒す」スナックに遊郭も
  • 4
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
  • 5
    ウクライナの逆襲!国境から1000キロ以上離れたロシ…
  • 6
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 7
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 8
    9割が生活保護...日雇い労働者の街ではなくなった山…
  • 9
    ヨルダン皇太子一家の「グリーティングカード流出」…
  • 10
    なぜ「大腸がん」が若年層で増加しているのか...「健…
  • 1
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 2
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が明らかにした現実
  • 3
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊」の基地で発生した大爆発を捉えた映像にSNSでは憶測も
  • 4
    ロシア兵「そそくさとシリア脱出」...ロシアのプレゼ…
  • 5
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    半年で約486万人の旅人「遊女の数は1000人」にも達し…
  • 8
    「炭水化物の制限」は健康に問題ないですか?...和田…
  • 9
    ミサイル落下、大爆発の衝撃シーン...ロシアの自走式…
  • 10
    コーヒーを飲むと腸内細菌が育つ...なにを飲み食いす…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中