実写版『空母いぶき』をおススメできないこれだけの理由
厳しいことを言うようだが、映画版の制作者は、きちんと原作と、かわぐちかいじ先生の過去作品の系譜を読み込んで映画版の構成にあたったのだろうか。疑いたくなる。
映画版は全体的に演出が陳腐で、熱量が低く、かつ重要な部分での世界観や人間関係や舞台の説明が全くなされておらず、その映画的完成度という意味での水準は限りなく低い。かわぐちかいじ先生の大ファンとして期待した映画だっただけに、誠に遺憾である。
6】物議をかもした「アノ」部分はどうだったのか?
さて、本稿冒頭に記述した"2019年5月25日号における『ビッグコミック』誌上における、佐藤浩市氏のインタビューに関する事象"は映画版の中ではどのように描かれているのだろうか。
原典にあたる上記紙面上における佐藤浩市氏の応答を引用すると、以下の通り。
──(インタビュアー)総理は漢方ドリンクの入った水筒を持ち歩いていますね。
佐藤 彼はストレスに弱くて、すぐにお腹を下してしまうっていう設定にしてもらったんです。だからトイレのシーンでは個室から出てきます。
出典:2019年5月25日号『ビッグコミック』、カッコ内筆者
この、たった100文字に満たない佐藤浩市氏の応答が、やれ「安倍総理を揶揄している」だの、ある種の方面から袋叩きにあったわけである。
さてどんなものかと思って筆者は映画版を見て愕然とした。筆者が確認しただけで、佐藤浩市氏が演じる垂水慶一郎総理が「漢方ドリンクの入った水筒」を片手に持つシーンはおよそ2秒にも満たないワンカットだけ。そして緊急閣議(?)のシーンで2回、これまた総理の座るテーブルの前方にそれらしきものが置かれているだけ。
劇中では「漢方ドリンクの入った水筒」という説明は皆無で、そもそもよくよく注意して見なければ、これが水筒であると認識できる観客がどれほどいたのか疑問だ。場合によっては単なる黒い筒状の物体に見えるし、第一それが「水筒」という説明がない。またくだんの「トイレのシーン」はわずか瞬間的に1度だけであり、カメラワークが単調に過ぎるので、これを以て「総理がストレスに弱い」という映画的演出自体、そもそも成立していないのだからどうしようもない。
だから映画版を見て、上記の佐藤浩市氏のインタビューの一件を知らない観客は、そもそも「あの黒い筒状の物体」が水筒であることすら連想できないし、ましてその中に「漢方ドリンクが入っている」という事実もわからない。だって、その水筒を総理が口につけるシーンすらないのだから、そう思われても仕方ない。