実写版『空母いぶき』をおススメできないこれだけの理由

2019年6月6日(木)20時40分
古谷経衡(文筆家)

余談だが、映画版で最も力を入れたであろう空中戦闘の部分は、艦橋(CIC:戦闘指揮所)との通信シーンで自衛隊側のパイロットの顔がアップショットになるワンパターンの演出以外存在せず、正直言って押井守監督の『機動警察パトレイバー 2 the Movie』(1993年)から比すると、現代空中戦を描く演出技量に、あまりにも差がありすぎる。押井監督の前述作品から比べれば、映画版は児戯に等しい演出水準である。

5】またぞろ陳腐な反戦平和に終始か?

furuya190606_3.jpg

筆者所有の単行本類。筆者撮影。

かわぐちかいじ先生は、その代表作『沈黙の艦隊』『ジパング』そして『空母いぶき』で、常に日本という国家の姿や、日本人の実存そのものを問うてきた作家である。そしてそれは、常に「戦後日本の国体とは何か?」という問いかけと同義であった。

だからこそかわぐち先生の作品は、当世の国際事情に即応した「一歩先を行く、現実にあり得ることが十分に考えられるシュレーション」漫画になっているのだ。

1)『沈黙の艦隊』では、冷戦末期、アメリカの庇護のもと「籠(アメリカ)の中の鳥」としてぬくぬくと平和主義を貫いてきた日本が、「原潜国家やまと」の登場を機に、いやおうなく自主的決断を迫られ、同時に「対米自立」という戦後日本が避けては通ることのできないテーマを問うた作品である。

2)『ジパング』では、第二次大戦時代にタイムスリップした海上自衛隊のイージス艦「みらい」とその乗組員を通じて、「敗戦国日本」という歴史改変の可能性をも含むifを挿入することにより、戦後日本のありようそのものを問うた作品である。

3)そして『空母いぶき』では、現在連載中であるものの、「平和を願うことだけでは、もはや平和を達成できないという国際情勢」という、冷戦構造崩壊以降の多極化した世界において、日中衝突を題材として、戦後日本が国是として掲げてきた「憲法9条の精神」そのものについて、多方面的視点からそれを問うた作品になっている。

これは『沈黙の艦隊』以降、実に30年余りが過ぎ、作者のかわぐち先生の世界観が、時局国際情勢によって変化したことの何よりの証明である。また憲法9条に対して護憲的であり、改憲的であるか否かを問わずして、戦後日本とそこに生きる日本人そのものの実存を、冷戦崩壊以後30年を経て変化しつつある読者=日本人へ向けた現代的問いであることに他ならない。

この、「平和を願うことだけでは、もはや平和を達成できないという国際情勢」というある種『空母いぶき』という作品の核心的テーマについて、映画版では似たようなセリフを佐藤浩市氏演じる垂水総理が放つが、驚くべきことに映画版の最終的な結論は、「平和を願えば平和は達成されるに違いない」という、陳腐化した反戦平和のお題目が、お約束(?)のように繰り返されるだけで、原作の問うテーマ性と真っ向から分裂、矛盾されたまま内在しているのである。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

EXCLUSIVE-米FRB、年内1─2回の利下げ

ワールド

北朝鮮、2月下旬に党大会開催 5年に1度の重要会議

ビジネス

米紙ワシントン・ポスト発行人が退任、大規模人員削減

ワールド

衆院選きょう投開票、自民が終盤まで優勢 無党派層で
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプの帝国
特集:トランプの帝国
2026年2月10日号(2/ 3発売)

南北アメリカの完全支配を狙うトランプの戦略は中国を利し、世界の経済勢力図を完全に塗り替える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    がんの約4割は、日々の取り組みで「予防可能」...予防のために、絶対にしてはいけないこととは?
  • 2
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた実験室」に...抗生物質の「不都合」な真実とは
  • 3
    韓国映画『しあわせな選択』 ニューズウィーク日本版独占試写会 60名様ご招待
  • 4
    韓国ダークツーリズムが変わる 日本統治時代から「南…
  • 5
    エヌビディア「一強時代」がついに終焉?割って入っ…
  • 6
    【台湾侵攻は実質不可能に】中国軍粛清で習近平体制…
  • 7
    心停止の8割は自宅で起きている──ドラマが広める危険…
  • 8
    【銘柄】「ソニーグループ」の株価が上がらない...業…
  • 9
    日経平均5万4000円台でも東京ディズニー株は低迷...…
  • 10
    「エプスタインは悪そのもの」「悪夢を見たほど」──…
  • 1
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 2
    日本への威圧を強める中国...「レアアース依存」から脱却する道筋
  • 3
    致死率は最大75%のニパウイルスが、世界規模で感染拡大する可能性は? 感染症の専門家の見解
  • 4
    がんの約4割は、日々の取り組みで「予防可能」...予…
  • 5
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 6
    「出禁」も覚悟? ディズニーランドで緊急停止した乗…
  • 7
    米戦闘機、空母エイブラハム・リンカーンに接近した…
  • 8
    グラフが示す「米国人のトランプ離れ」の実態...最新…
  • 9
    高市首相の発言は正しかった...「対中圧力」と「揺れ…
  • 10
    エヌビディア「一強時代」がついに終焉?割って入っ…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 3
    高市積極財政にアメリカが慌てる理由
  • 4
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」…
  • 5
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した─…
  • 6
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡…
  • 7
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コング…
  • 8
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界…
  • 9
    【クイズ】韓国を抜いて1位に...世界で最も「出生率…
  • 10
    180万トンの「リチウムごみ」を資源に...EV電池の「…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中