団地は最前線、団地こそが移民の受け皿として機能する?
当時から外国人排斥を主張する差別者集団を追いかけてきたという著者によれば、芝園団地の最寄り駅である蕨(わらび)から西川口にかけての一帯は、差別デモの開催地としても知られ、排外運動に飛躍を促した場所でもあったのだそうだ。
やがて蕨や川口市を舞台とした差別デモは定例化し、デモの際に日章旗や旭日旗だけでなく、ナチスのシンボルであるハーケンクロイツを掲げる者まで現れた。そんな空気が流れるなか、中国人住民が急増した芝園団地が差別主義者の攻撃対象となるのは当然だった。
著者が実際に芝園団地へ足を運んでみると、確かにそこには「中国」があふれていたそうだ。中国語が併記された看板や張り紙、日本語がほとんど通じない団地商店街の中国雑貨店、中華料理店など。子を叱る母親の声も井戸端会議も、圧倒的に多いのは中国語。
そんななか、公園で談笑していた中国人の母親グループに著者が声をかけると、「ここには友だちもたくさんいる。とても住みやすいです」と弾んだ声が返ってきたという。
実は私の住む家の近所にも中国人が多く住むマンションがあるので、その雰囲気は想像できる。親が子を叱る声などは昭和の日本のようで、個人的には懐かしさとともに好感を持っていた。おそらく芝園団地にも、そういう穏やかな空気が流れていたのだろう。
一方、団地内を歩いていると、掲示板に次のように記された張り紙があった。
〈警告 不良支那人・第三国人 偽装入居者(不法)
強制送還される前に退去せよ〉
太字の黒マジックで殴り書きされたような張り紙の文字からは、憎悪と差別の"勢い"が見て取れた。いかにも団地の管理事務所が貼り出した「警告」のように見えるが、実際は何者かによるイタズラである。(82〜83ページより)
ちなみに中国人住民の多くは日本の大学を出て、そのまま日本企業に就職した会社員とその家族なのだという。芝園団地は都心に近く、家賃に比して間取りも悪くない。なによりUR団地は収入基準さえ満たしていれば国籍に関係なく入居できる。
一方、民間の賃貸住宅は外国人に対しての審査が厳しく、露骨に差別的な対応をされることもあるため、都心の企業に通勤するホワイトカラーを中心に、"芝園人気"が定着しているというわけだ。
つまり芝園団地は、増え続ける中国人住民にとっては「心強い」環境だということ。しかし、一部の日本人住民が中国人住民を快く思っていないことも事実だ。特に外国人との交流に慣れていない高齢者の中には、不安を隠せない人も存在するということである。
また、日本人住民の中に「メディアや右翼が騒ぐほどの問題はない」と言い切る人も少なくなかったと著者は記している。
別の七〇代住民は次のように話した。
「この団地には広い中庭があるので、昔から近隣の悪ガキたちのたまり場になっているんです。そうした者たちのイタズラを、中国人の仕業だと喧伝する住民がいるんです。少し前のことですが、夏祭りの前夜に、盆踊りの舞台に飾られた提灯が壊されるという事件が起きました。目撃者もいたことで、"犯人"は団地の外に住む日本人の中学生グループだということはわかったのですが、それでも、中国人がやったに違いないというウワサが、あっという間に広がりました」
また、団地内にある芝園公民館の職員も「誤解に基づいた偏見が多い」と嘆いた。
「たとえば大小便の問題も、調べてみたら犬の糞だった、ということもありました。ごみ出しなどで、生活習慣の違いなどからトラブルもあったことは事実ですが、中国人だって団地生活が長くなれば、最低限のルールは覚えてくれます。(85〜86ページより)