最新記事

BOOKS

『天皇の憂鬱』が解き明かす、象徴天皇をかたちづくった「軽井沢」

2019年4月22日(月)19時30分
印南敦史(作家、書評家)


 昭和六十二(一九八七)年九月、天皇(当時は皇太子)は訪米に先立ってこう述べられた。
「バイニング夫人とお会いするのは九年ぶりになります。(略)思い出としては、いろいろありますが、軽井沢で泊めていただいた三日間が、思い出深いものです」
 バイニング夫人とは、昭和二十一年から二十五年まで、当時皇太子だった天皇の家庭教師をつとめた女性である。彼女は『日本での四ケ年――皇太子と私』の中で、〈今年(註・昭和二十四年)の四月以来、殿下の新しい御生活の幅が広められ、私の知っている限りでも、三つの新しい経験をなさいました〉と記している。三つの経験とは、皇太子がGHQのマッカーサーを訪問したこと、軽井沢でバイニング夫人を訪問したこと、西洋の少年と過ごしたことである。
 なかでも、バイニング夫人が軽井沢で借りた三井家の別荘に、天皇が三日間宿泊したことはよほど印象的だったようだ。(90~91ページより)

なお、そのことをどう知ったのか、昭和22(1947)年に旧朝香宮の別荘を買い取った西武グループの創業者・堤康次郎は、この別荘を千ヶ滝プリンスホテルとして"提供"したのだという。翌25年から、毎年夏になるとここで過ごされるようになった天皇は、よくバイニング夫人から個人教授を受けるため別荘に招かれた。

このことに関して見逃せないのは、「殿下がバイニング夫人の別荘に泊まって、宿題などをやっていた」姿を目撃していたという学友の織田正雄のことばだ。


「彼女の教えから学んだことは多々あるのですが、なかでもよく覚えているのは昭和二十三年十二月十日に採択された国連の『世界人権宣言』(決議)です。この文面については、非常に熱心にやっていたので、強烈に残っています。
 その第一条に、『すべての人間は、生れながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利とについて平等である。人間は、理性と良心とを授けられており、互いに同胞の精神をもって行動しなければならない』と書かれています、バイニング夫人の個人授業にうかがった際にも、私や殿下を前に、熱心にその文面の意味を語っていました。殿下にもっとも伝えたかったことなのではないかと思います」(91~92ページより)

もうひとつ、同じく学友の明石元紹の発言も引用しておきたい。


「バイニング夫人は、禁欲的でとても良心的な人でした。「自分の意思を反映させる」ことを強調していましたが、それを教える授業にこれといった教材はなく、「こういう時、あなたはどうしますか」といった事例を出して話をしました。たとえば、穂積重遠東宮大夫が入院した時です。殿下に『行きましたか』と尋ねました。
『いやまだです』と殿下が答えます。
『なぜ行かないのですか。お世話になっている人のために、行きたいと思うのは誰ですか』
『私です』
『それなら私が行きたいと言うべきではないですか』
 こんな感じで、会話の中で気づきを与えるのです」
 およそ戦前には想像もつかない教え方に、若き皇太子は戸惑いと共に新鮮な驚きを覚えたことだろう。(92~93ページより)

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

FRB議長に「不満」、求めれば辞任するだろう=トラ

ワールド

トランプ氏、中国と「良いディールする」 貿易巡り

ビジネス

米一戸建て住宅着工、8カ月ぶり低水準 3月は14.

ビジネス

ECB、6会合連続利下げ 貿易戦争で「異例の不確実
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプショック
特集:トランプショック
2025年4月22日号(4/15発売)

大規模関税発表の直後に90日間の猶予を宣言。世界経済を揺さぶるトランプの真意は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ? 1位は意外にも...!?
  • 2
    【渡航注意】今のアメリカでうっかり捕まれば、裁判もなく中米の監禁センターに送られ、間違いとわかっても帰還は望めない
  • 3
    米経済への悪影響も大きい「トランプ関税」...なぜ、アメリカ国内では批判が盛り上がらないのか?
  • 4
    紅茶をこよなく愛するイギリス人の僕がティーバッグ…
  • 5
    あなたには「この印」ある? 特定の世代は「腕に同じ…
  • 6
    ノーベル賞作家のハン・ガン氏が3回読んだ美学者の…
  • 7
    関税を擁護していたくせに...トランプの太鼓持ち・米…
  • 8
    金沢の「尹奉吉記念館」問題を考える
  • 9
    「体調不良で...」機内で斜め前の女性が「仕事休みま…
  • 10
    トランプ関税 90日後の世界──不透明な中でも見えてき…
  • 1
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜け毛の予防にも役立つ可能性【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止するための戦い...膨れ上がった「腐敗」の実態
  • 3
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最強” になる「超短い一言」
  • 4
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 5
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 6
    あなたには「この印」ある? 特定の世代は「腕に同じ…
  • 7
    パニック発作の原因とは何か?...「あなたは病気では…
  • 8
    中国はアメリカとの貿易戦争に勝てない...理由はトラ…
  • 9
    動揺を見せない習近平...貿易戦争の準備ができている…
  • 10
    「世界で最も嫌われている国」ランキングを発表...日…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 3
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 6
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 7
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 8
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    「低炭水化物ダイエット」で豆類はNG...体重が増えな…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中