最新記事

インドネシア

Tシャツのデザインで13歳少女を警察連行!? インドネシア、反共の深い闇

2018年9月15日(土)20時00分
大塚智彦(PanAsiaNews)


「なぜ共産主義はいけないのか」というニュースが当たり前に流されるインドネシア KOMPASTV / YouTube

「共産主義はタブー」という深い闇

今回の13歳少女の警察連行が物語るように、インドネシアでは現在も共産主義、共産党への嫌悪感や反感は国民(特にマレー系イスラム教徒)の深層心理の奥まで沁み込んでいる。

実際、今回のように共産主義のシンボルとは知らずに「鎌と槌」が印刷されたシャツを着ていて、インドネシア人に路上で小突かれ、「本当にインドネシア人なのか? 国歌歌ってみろ、パンチャシラ唱えてみろ(学校教育で教えこまれる)」という事件がたまにではあるがマスコミを賑わせることがある。

こうした「行き過ぎた反共思想、反共活動」が、思想の自由、表現の自由といった基本的人権に抵触するとの指摘もあり、ジョコ・ウィドド大統領は2016年5月に共産党関連シンボルマークの取り締まりに関して特に言及し、「PKIに関連する事案の取り締まりに置いては基本的人権と言論の自由を尊重するように配慮せよ」と国家警察長官と国軍司令官に異例の要請を行った経緯もある。

それでも共産主義に関連する「鎌と槌」は取締の対象であることは今もなお変わっていないようで、国際的な人権団体「アムネスティー・インターナショナル」によると2018年1月に東ジャワ州の人権活動家ヘリ・ブディアワン被告に対し、治安維持法違反で禁固10か月の実刑判決が言い渡されたという。

ブディアワン被告は同州サラカンなどの鉱山開発事業が環境破壊と市民生活を脅威にさらしていると抗議活動を展開していたが、この際掲げた旗に「鎌と槌」が描かれていたため、「公共の治安と安全を脅かす」として治安維持法違反に問われたのだった。

ノーベル文学賞候補に何度も名前があがったインドネシアを代表する作家プラムディア・アナンダ・トゥール氏(1925〜2006)も、9・30事件に関わったPKIとの関係が疑われて逮捕され、流刑地ブル島で約10年間軟禁状態に置かれた。だが、彼はその流刑中に代表作「人間の大地」などを精力的に執筆、インドネシアを代表する作家の地位を確立した(インドネシアでは当初は発禁処分を受けていた)。

また、1998年に民主化の波で崩壊するスハルト長期独裁政権時代には国民が所持を義務付けられている身分証明書には元共産党関係者らにはその旨が記載され、社会的差別の対象とされていた。

このようにインドネシアでPKIと共産主義は「悪の象徴」とされ、その残滓が今でも社会の隅々、国民の意識の奥底に拭われることなく残っているのが現実だ。

2019年4月の大統領選、国会議員選に向けて今後選挙活動が本格化するが、「彼は共産党シンパ」というデマだけで社会的な烙印が押され、社会的・政治的に容易に葬られる土壌が残るだけに、選挙運動に関連して再び「共産主義、共産党」狩りが跋扈する危険性も懸念されている。

otsuka-profile.jpg[執筆者]
大塚智彦(ジャーナリスト)
PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など

20250225issue_cover150.png
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年2月25日号(2月18日発売)は「ウクライナが停戦する日」特集。プーチンとゼレンスキーがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争は本当に終わるのか

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中