最新記事

インドネシア

Tシャツのデザインで13歳少女を警察連行!? インドネシア、反共の深い闇

2018年9月15日(土)20時00分
大塚智彦(PanAsiaNews)

普通の女の子がシャツのデザインだけで警察に連行されるインドネシア *写真はイメージ

<東南アジアを代表する多民族、多宗教の国インドネシア。だが、その国に絶対的に許されない思想信条がある──>

インドネシア・スマトラ島リアウ州のウジュン・バトゥで9月12日、13歳の少女が警察に連行された。理由は驚くことに着用していたTシャツのデザインが共産主義あるいは共産党のシンボルマークでもある「鎌と槌(円形鎌とハンマー)」だったからだ。

少女は事情聴取を受けて「特別な政治的意図はなかった」と認定されてすぐに解放されたが、インドネシア社会に根強く残る共産党への嫌悪感が13歳の少女のTシャツにまで及んでいることが改めて浮き彫りとなった。

インドネシアは2019年4月に大統領選、国会議員選を控えており、国是でもある「多様性の中の統一」あるいは「寛容性」というお題目も政治的、社会的、あるいは宗教的に都合のいいように解釈され、いずれも多数を占めるマレー系住民(75%)やイスラム教徒(88%)の意向や思惑が優先される傾向が強まっている。

東南アジア初の共産組織となったインドネシア共産党(PKI)はスカルノ初代大統領時代には合法政党だったが、その後1965年9月30日から翌10月1日にかけて発生した9.30事件と呼ばれる軍事行動への関与から一転して幹部やシンパ、関係者が大量虐殺される事態となり、非合法化された。

現行のインドネシア憲法でも第2条第1項で共産党は禁止された非合法組織となっており、共産党関連の書物や「鎌と槌」「赤い星」など共産党、および共産主義を連想させるデザインやマークすら規制の対象となって、場合によっては治安維持法違反に問われることもある。

町の青年自警団が少女を警察に連行

地元紙の報道などによると、中学生の少女(13)がバイクの後席に乗って自宅のあるプマタンテビン村からウジュン・バトゥの町に向かっている様子が動画で撮影され、それがインターネット上にアップされた。よく見ると少女が着用していたグレーのTシャツの背中側に「鎌と槌」という共産主義のシンボルマークが描かれていた。

この動画を見た地元の自警団「プムダ・パンチャシラシラ」(パンチャシラ青年団)のメンバーが、そのデザインを問題視し、少女の自宅に乗り込んで地元警察に連行、警察官に引き渡したという。

「パンチャシラ青年団」はほぼインドネシア全土の市町村に存在する自警団組織。「唯一神への信仰、人道主義、民主主義、統一、社会的公正」という国是であり建国5原則である「パンチャシラ」の遵守を一般住民に求める活動を行っている。警察や軍と協力関係にあるとされるが、イスラム教の重要行事である断食月に深夜営業している風俗店やカラオケ店を「イスラムへの敬意が足りない」として襲撃する事件を起こすなど、社会的に問題のある組織という指摘もある。

ウジュン・バトゥ警察のアルビン・ハリヤディ署長は地元メディアに対し「SIN(少女の名前の略称)から事情を聞いたところ、"鎌と槌"の意味も、禁止されていることも知らなかった」「特に政治的、社会的動機も目的もあるわけでもない少女の行為なのですぐに自宅に帰した」と述べて、警察として特に事件化する必要がないとの見解を明らかにした。

SINの供述によれば問題となったTシャツはウジュン・バトゥ市内の市場で両親が購入してきたものだという。警察はこのTシャツを押収した。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ウクライナ戦争「世界的な紛争」に、ロシア反撃の用意

ワールド

トランプ氏メディア企業、暗号資産決済サービス開発を

ワールド

レバノン東部で47人死亡、停戦交渉中もイスラエル軍

ビジネス

FRB、一段の利下げ必要 ペースは緩やかに=シカゴ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 2
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱が抜け落ちたサービスの行く末は?
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 5
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 6
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 7
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    若者を追い込む少子化社会、日本・韓国で強まる閉塞感
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 7
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 10
    中国富裕層の日本移住が増える訳......日本の医療制…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中