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テレビで反響を呼んだ取材、『発達障害と少年犯罪』

2018年9月21日(金)18時05分
印南敦史(作家、書評家)

そしてもうひとつはその2カ月後の2014年12月、名古屋大学在学の女子大生(当時19)が、宗教の勧誘で知り合った女性を自宅アパートに誘い、斧で殴ったのちマフラーで絞め殺した「名古屋大学女子学生殺人事件」である。

ちなみに名古屋の事件の加害者は、以前から人を殺すことに異常な興味を示しており、取り調べでも「子どもの頃から人を殺して見たかった」と供述したという。精神鑑定の結果、「自閉症スペクトラム障害(ASD)」の可能性があると診断されるも、「刑事責任能力については問題ない」と判断され、起訴された。

虐待が脳を破壊する


 自閉症スペクトラム障害とは、発達障害の一種である。(中略)
 発達障害者支援法によれば、発達障害は「自閉症、アスペルガー症候群その他の広汎性発達障害、学習障害、注意欠陥多動性障害その他これに類する脳機能の障害であってその症状が通常低年齢において発現するものとして政令で定めるもの」と定義されている。(15〜16ページより)


自閉症スペクトラム障害は、「連続体」を意味する「スペクトラム」という言葉を使用することで、その症状には多様性があり、連続体として重なり合っているという考え方を表している。
 従って、(中略)発達障害者支援法で言うところのアスペルガー症候群は、自閉症スペクトラム障害に含まれることになる。(17ページより)

本書でも、これまで「アスペルガー症候群」と呼ばれていたものを「自閉症スペクトラム障害」で統一しているそうだ。また著者は、本書において発達障害と呼称する場合、おもに自閉症スペクトラム障害と「注意欠陥・多動性障害(ADHD)」を指すとも述べている。複雑だが、こうした確認を避けられないほどデリケートな問題なのだろう。

ところで衝撃を投げかけてくるのは、第三章「虐待が脳を破壊する」である。ここでは「虐待が発達障害の特性を呼び込む」ということを、さまざまな角度から立証しているのである。


 脳科学者であり、福井大学子どものこころの発達研究センター発達支援研究室および同大学附属病院子どものこころ診療部で小児科医として働く友田明美さんは、長年にわたりアメリカのハーバード大学と共同で児童虐待が脳に及ぼす影響を研究してきた。友田医師はその研究の結果、虐待は死に至らなくとも深刻な影響、後遺症を子どもに残してしまうという結論に至った。特に、子どもの脳に深刻な変化が起きてしまうという点を強調している。
 それは、「発達性トラウマ障害(DTD)」という考え方である。2005年にボストン大学医学部のベッセル・A・ヴァン・デア・コーク教授が発表したこの発達性トラウマ障害は、子ども時代のさまざまな逆境による強いストレスが、子どもの脳の正常な発達を妨げ、発達障害よりも強烈な傷を脳に刻みつけてしまうという衝撃的な内容だ。このコーク博士の提唱した考え方から、子ども時代のさまざまな逆境による強いストレスを「トラウマ(心的外傷)」と呼ぶようになった。(79〜80ページより)

この考え方について留意すべき点は、「この障害は、脳が発達している期間、つまり幼少期から少年期に確定してしまう」ということ。大人になって脳が成熟したあとに起こったものではないのだ。さらに、トラウマ状態に置かれた子どもは特異な行動に出たり、特殊な精神状態に陥ったりしてしまうのだそうだ。

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