日給1300円も普通!? 非正規・派遣が崖っぷちになる年齢は...
ところが高齢者の働く機会が多いかといえばそうではなく、それどころか、東京、大阪などの大都市圏では、非正規に定年があるのだそうだ。
百貨店やスーパーなどの小売業界では、お中元やお歳暮のシーズンなどに大々的に非正規を募集するが、どこも横並びで、60歳以上は電話で申し込みがあった時点で即座に断っているのだという。
著者がその理由を採用担当者に聞いたところ、返ってきたのは「昔からの慣習です」という答え。では高齢者の就労機会を増やすという国策に弓を引くんですねと問うと、「どうぞ面接に来てください」とのこと。
つまり絶対にドアの中には入れないぞという扱いではなく、「とりあえず排除しておこう」という程度の仕切りだということ。それでも最初の一声で必ず断るのだから、高齢者は必然的にダメージを受けることになる。
還暦だが健康診断の血液検査の数値はすべて正常で、裸眼視力1.2。100mを12秒台で走れる体力の、元アナウンサーの筆者が、職業紹介でことごとく拒否された絶望の1日の事例を列挙してみよう。
その1、コールセンターの電話オペレーター。時給1300円。マニュアルに従ってユーザーに機器の使い方を教える業務。人材企業の若者は特に理由は言わず、「あんた、自分が何に応募したかわかってる?」と苦笑しつつ電話を切った。年齢と性別だけで対象外と即断されたようだ。ちなみに人材企業の社内資料では電話オペレーターは「女性・35歳まで」と明記されている。
その2、水道の水質検査のためのサンプリング。時給1200円。ライトバンでマンションなどをまわる。年齢は40代前半まで、接客で高齢者は相手に不快感を与えるから紹介できないとのこと。なぜ高齢者は不快なのか? 外見なのか、声なのか、性格なのか、その説明はなし。
その3、外車ディーラーで顧客の車の移動係。時給1100円。年齢は30代前半まで、理由は女性のお客様に印象が良い人という条件があるため(ホストか?)。筆者は20年間無事故無違反で左ハンドルの大型乗用も経験ありとアピールしたが「高齢だといろいろ臭いもするし」と認められず。
その4、宅配トラックの駐車違反対策の同乗者。時給1000円。40歳未満限定。ドライバーとふたりきりで長時間行動するのでドライバーより年下だけ。年寄りは偉ぶって運転手とトラブルになり、しかも激昂して途中で逃げてしまった人もいたので絶対に乗せない、とのこと。
その5、公営屋内プールの監視員。時給950円。特に年齢は問わないが、若者らしい見かけの人限定。過去に子供連れの母親から「あんなくたびれた人で大丈夫か」とクレームがあったため。クレームは一件だけとのこと。(174〜176ページより)
「非正規の崖っぷち」は59歳だったそうで、60歳の誕生日を過ぎた途端、案件のほぼすべてについてお断りメールが届くという。しかし、その「お断り」の判断基準が、すべて場当たり的なものであることは明らかだ。
本書の終章には、ベラルーシのノーベル賞作家、スベトラーナ・アレクシエービッチ氏の言葉が紹介されている。氏が、福島の原発事故を取材しながら、日本人に接して驚いた印象を語ったものだ。
「全体主義の長い文化があった我が国と同じく、日本社会には抵抗という文化がない」(東京新聞2016年11月29日)
日本の非正規労働者は、確かに不思議なほど従順だ。だが、抵抗しないのではなく、支配層(政財界)によって抵抗する術を奪われたからだ。労働階級制によって孤立し、差別された労働者が違法な扱いに抵抗すれば、迫害、追放されてタダ働きを強いられ、労働条件が最悪の郊外のタコ部屋労働に落ちていく。人権を主張したらシベリアのラーゲリ(強制収容所)に送られたロシア人と似たような境遇だ。(「終章 働き方改革への提言」187ページより)
労働現場の現実について、ひとりひとりが自分ごととして考え、抜本的な打開策を見つけ出さなければ、今後はさらに深刻なことになるのではないだろうか。
[筆者]
印南敦史
1962年生まれ。東京都出身。作家、書評家。広告代理店勤務時代にライターとして活動開始。現在は他に「ライフハッカー[日本版]」「東洋経済オンライン」「WEBRONZA」「サライ.jp」「WANI BOOKOUT」などで連載を持つほか、「ダ・ヴィンチ」などにも寄稿。新刊『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)をはじめ、ベストセラーとなった『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)、『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)など著作多数。
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