最新記事

臓器移植

遺伝子改変ブタでヒトの臓器を提供

2018年3月28日(水)17時20分
ジェシカ・ファーガー

臓器の大きさも機能も人間に近いブタはドナーの最有力候補 KADMY/iStockphoto

<ゲノム編集で危険な遺伝子を除去――動物の内蔵が人体に移植される日は近い>

アメリカでは毎年約3万人が臓器の移植手術を受けるが、ドナーの数はまだまだ足りない。臓器移植をコーディネートする米臓器分配ネットワーク(UNOS)によれば、移植の待機リストに載る患者が10分に1人のペースで増える一方で、リストに載った患者の20人が毎日亡くなっている。

数十年前から研究者は臓器不足を画期的な方法で打開しようとしてきた。人体に合うように哺乳類の内臓を改変するのだ。動物からヒトへの臓器移植(異種移植)が実現すれば、臓器の安定供給が可能になる。

異種移植ドナーの最有力候補は、臓器の大きさも生理的機能も人間に近いブタだ。ただし、そのまま移植するわけにはいかない。人間の免疫システムは、ほぼ確実にブタの臓器に拒絶反応を示す。さらに厄介なのは、ブタ固有のウイルスに感染するリスクだ。

ブタ内在性レトロウイルス(PERV)が人間に感染するかどうか、致死性があるかどうかはまだ分からない。だが移植手術を受ける患者は免疫抑制剤を投与されて抵抗力が低下するため、感染リスクは大きい。

この問題に、ハーバード大学医学大学院系列の研究チームが突破口を開いたようだ。チームが用いたのはゲノム編集技術「クリスパー・キャスナイン(CRISPR-Cas9)」だ。

バイオ企業eジェネシスの創業者で生物学者のルーハン・ヤンらの研究チームは、ゲノム編集で細胞株内のPERVを不活性化した。17年8月にサイエンス誌に発表された論文によれば、彼らはPERV遺伝子を不活性化した胚を代理母ブタに移植。胎児はウイルスに胎内感染することなく、史上初のPERVを持たない子ブタが生まれた。

「末期の臓器不全に苦しむ患者は大勢いる」と、eジェネシスの最高技術責任者を務めるヤンは言う。「異種移植で臓器を安定供給できるようになれば、彼らの命を救えるかもしれない」

糖尿病治療に期待が高まる

クリスパーは特定の酵素を使ってDNAの断片を選択的に改変する技術で、例えば突然変異を引き起こす遺伝子の「エラー」を修正できる。12年に開発されて以来、研究者はこの技術を使って遺伝情報を改変してきた。

13年、ヤンの研究チームはクリスパーを使えば免疫システムを正確かつ効果的に改変できると論文で発表。15年にはブタの癌細胞株から62個のPERVを除去した。さらにPERVのゲノム編集を進め、ブタの臓器が人間の免疫系に適合可能であることを証明するのが次の目標だと、ヤンは語る。

異種移植の研究は小さなバイオ企業にとっても巨大製薬会社にとっても非常に危険な賭けであり、コスト的なリスクも大きいようだ。00年代初めに製薬大手ノバルティスは研究から撤退した。公衆衛生上の大事故を懸念した米食品医薬品局(FDA)が研究施設に規制をかけると、研究はさらに困難になった。だがクリスパーの登場で再び活性化していると、ヤンは言う。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イスラエルがガザ空爆、48時間で120人殺害 パレ

ワールド

大統領への「殺し屋雇った」、フィリピン副大統領発言

ワールド

米農務長官にロリンズ氏、保守系シンクタンク所長

ワールド

COP29、年3000億ドルの途上国支援で合意 不
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 2
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 3
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたまま飛行機が離陸体勢に...窓から女性が撮影した映像にネット震撼
  • 4
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 5
    「ダイエット成功」3つの戦略...「食事内容」ではな…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    ロシア西部「弾薬庫」への攻撃で起きたのは、戦争が…
  • 8
    「何も見えない」...大雨の日に飛行機を着陸させる「…
  • 9
    クルスク州のロシア軍司令部をウクライナがミサイル…
  • 10
    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 5
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 8
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大き…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 7
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 8
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 9
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 10
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中