遺伝子改変ブタでヒトの臓器を提供
臓器の大きさも機能も人間に近いブタはドナーの最有力候補 KADMY/iStockphoto
<ゲノム編集で危険な遺伝子を除去――動物の内蔵が人体に移植される日は近い>
アメリカでは毎年約3万人が臓器の移植手術を受けるが、ドナーの数はまだまだ足りない。臓器移植をコーディネートする米臓器分配ネットワーク(UNOS)によれば、移植の待機リストに載る患者が10分に1人のペースで増える一方で、リストに載った患者の20人が毎日亡くなっている。
数十年前から研究者は臓器不足を画期的な方法で打開しようとしてきた。人体に合うように哺乳類の内臓を改変するのだ。動物からヒトへの臓器移植(異種移植)が実現すれば、臓器の安定供給が可能になる。
異種移植ドナーの最有力候補は、臓器の大きさも生理的機能も人間に近いブタだ。ただし、そのまま移植するわけにはいかない。人間の免疫システムは、ほぼ確実にブタの臓器に拒絶反応を示す。さらに厄介なのは、ブタ固有のウイルスに感染するリスクだ。
ブタ内在性レトロウイルス(PERV)が人間に感染するかどうか、致死性があるかどうかはまだ分からない。だが移植手術を受ける患者は免疫抑制剤を投与されて抵抗力が低下するため、感染リスクは大きい。
この問題に、ハーバード大学医学大学院系列の研究チームが突破口を開いたようだ。チームが用いたのはゲノム編集技術「クリスパー・キャスナイン(CRISPR-Cas9)」だ。
バイオ企業eジェネシスの創業者で生物学者のルーハン・ヤンらの研究チームは、ゲノム編集で細胞株内のPERVを不活性化した。17年8月にサイエンス誌に発表された論文によれば、彼らはPERV遺伝子を不活性化した胚を代理母ブタに移植。胎児はウイルスに胎内感染することなく、史上初のPERVを持たない子ブタが生まれた。
「末期の臓器不全に苦しむ患者は大勢いる」と、eジェネシスの最高技術責任者を務めるヤンは言う。「異種移植で臓器を安定供給できるようになれば、彼らの命を救えるかもしれない」
糖尿病治療に期待が高まる
クリスパーは特定の酵素を使ってDNAの断片を選択的に改変する技術で、例えば突然変異を引き起こす遺伝子の「エラー」を修正できる。12年に開発されて以来、研究者はこの技術を使って遺伝情報を改変してきた。
13年、ヤンの研究チームはクリスパーを使えば免疫システムを正確かつ効果的に改変できると論文で発表。15年にはブタの癌細胞株から62個のPERVを除去した。さらにPERVのゲノム編集を進め、ブタの臓器が人間の免疫系に適合可能であることを証明するのが次の目標だと、ヤンは語る。
異種移植の研究は小さなバイオ企業にとっても巨大製薬会社にとっても非常に危険な賭けであり、コスト的なリスクも大きいようだ。00年代初めに製薬大手ノバルティスは研究から撤退した。公衆衛生上の大事故を懸念した米食品医薬品局(FDA)が研究施設に規制をかけると、研究はさらに困難になった。だがクリスパーの登場で再び活性化していると、ヤンは言う。