死んだ息子の精子で孫を......イスラエルで増える遺体からの精子採取
07年には、パレスチナ・ガザ地区での戦闘で死亡した兵士の両親が、死んだ息子の精子を出産希望の女性に提供して孫をつくることを認められた。この両親は何十人もの女性と面談した上で1人を選び、彼女に子供を産んでもらった。その子は今、出産した女性と一緒に暮らしている。
09年には、癌と診断された兵士が子孫を残したいと自分の精子を提供した。彼の家族はやはり代理母に出産を依頼、生まれた子供はその女性が育てている。
シャハール夫妻はドナーから卵子を購入し、代理母を雇って息子の精子で孫を産んでもらい、自分たちで育てたいと望んでいた。しかし政府は、生まれてくる子を「父親が死亡、母親は匿名」という環境に置くのは倫理に反するとし、故人の精子を出産に利用する権利は故人の配偶者のみに限定されると主張した。
16年9月27日、法廷はシャハール夫妻を支持する画期的な判決を下した。この時イリットは言ったものだ。「うちの家系の枝の1本は折れてしまった。でも新しい技術のおかげで折れた枝が新たに枝分かれしていく」
次世代を残すことの重み
ところが、安堵したのも束の間。17年には最高裁が下級審の判断を覆し、夫妻が息子の精子を使うことを禁じた。息子オムリのパートナーが、シャハール夫妻の主張を支持しつつも、自分がその精子で妊娠することを拒否していたからだ。03年のガイドラインを厳密に解釈した格好だ。
それでも、まだ終わりではない。イスラエル国会では超党派の議員たちが、死亡した兵士の両親が息子の精子を使えるようにする法改正を提案しているからだ。
どんな文化でも子孫を残すことは大事にされている。とりわけホロコースト(ユダヤ人大虐殺)の悲劇をくぐり抜けて生まれたイスラエルでは、命を次の世代につないでいくことが一段と重い意味を持つ。そのためなら人工的な手段に頼ることもいとわない。
テルアビブで弁護士をしているイリット・ローゼンブルムによれば、16年にシャハール夫妻勝訴の判決が下った直後には、同じように代理母を使って孫を育てたいという相談が相次いだという。
イスラエルはOECD(経済協力開発機構)加盟の先進国中で最も出生率が高い国だ。40代の女性でも、体外受精による出産を望むなら国の補助金を得られる。全てはユダヤ人の血筋を絶やさぬため、国民には自分の遺伝子を次の世代に伝えていく権利があるという強い信念ゆえだ。
「養子縁組なんて、この国ではほとんどあり得ない」。匿名を条件にそう語ったのは、ある大手病院に勤務する婦人科の医師だ。「大事なのは自分の生物学的な系統を保つことだから」
実際、シャハール夫妻がオムリの精子を使うために訴訟を起こした時も、オムリ自身が子供を欲しがっていたかどうかを疑問視する声はどこからも上がらなかった。家庭裁判所も、特段の遺言がない限り、男は子を欲しがるものという前提で審理を進めている。ユダヤ人である限り、子孫を残すことは民族に課された使命なのだ。
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[2018年3月 6日号掲載]