米ロに新たな火種、トランプを攻めるプーチン「寝技」外交
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ロシア経済が低迷するなか慎重な対応を示したプーチン大統領 KAY NIETFELD-POOL-REUTERS
<米大使館員755人退去要請の裏にあるロシアの本音と、米ロ対立の新たな火種>
ロシアが米ロ関係の改善につながる措置を取ってくれることを期待している──。米議会が対ロ制裁強化法案を可決したのを受け、レックス・ティラーソン米国務長官が、そんな声明を発表したのは7月29日。もちろんロシアがそんな呼び掛けに応じるはずがない。
同法案可決後の28日、ロシア政府はモスクワ近郊にある米大使館の保養施設など2カ所の使用禁止を発表。さらにモスクワの約1200人の米大使館職員のうち755人の国外退去を要請した。期限は9月1日だ。
【参考記事】ロシア、米大使館員など755人を追放。対ロ制裁強化案の報復で
なかなか衝撃的な措置だが、決して衝動的ではない。むしろロシアのウラジーミル・プーチン大統領による、計算された怒りの表明と言える。
例えばプーチンは、対抗措置のターゲットは米企業ではなく、米政府であることを明確にした。同法が成立した8月2日には、当面はこれ以上の対抗措置を取らない意向も示した。アメリカの対ロ制裁が実際にどのような形になるか様子を見ようというわけだ。
プーチンは現在のアメリカに、3つの大きな対立を見ている。まず、ドナルド・トランプ米大統領と批判派の対立。これが政権を麻痺させている。第2の対立は、ますます豊かになる富裕層と、ここ数十年生活が上向かない一般市民の対立だ。
第3の対立は、アメリカは今後も世界の警察官であるべきだと考える人々と、よその国のトラブルなんて放っておいて、昔のような孤立主義に戻るべきだと考える人々の対立。つまり外交政策における対立で、3つの中で最も解消に時間がかかるかもしれない。これに対して第1の対立は、弾劾か次期大統領選で(つまり2~4年後には)解消するかもしれない。
いずれにしろ3つの対立は全て、アメリカがどういう国になりたいかというアメリカ自身の問題であり、それがはっきりするまで、個別的な制裁に過剰反応するべきではないとプーチンは考えたようだ。
16年の米大統領選とその後の騒動で、アメリカの政治エリート層は、アメリカの政治システムに自信を失い始めた。彼らはアメリカの民主主義が外部からの干渉に弱いこと、そして大統領と彼に忠誠を誓うチームが外国と共謀した可能性を否定できずに、困惑している。
RT(旧ロシア・トゥデー)やスプートニクはロシア政府の御用メディアだが、アメリカではそのことはほとんど知られていない。このためロシアのプロパガンダが、巧みにアメリカの世論に浸透して、有権者の投票行動に影響を与えている可能性に、エリートたちは不安を覚えている。