最新記事

海外ノンフィクションの世界

海の水は宇宙からやって来た? 私たちはまだ海を知らない

2017年7月12日(水)16時51分
千葉啓恵 ※編集・企画:トランネット

オニイトマキエイ(『海のミュージアム――地球最大の生態系を探る』より) ©Getty Images

<科学エッセイと一流の写真家による105点の写真が収められた『海のミュージアム――地球最大の生態系を探る』。想像もつかなかった世界が、未だにこの地球に存在することを実感させられる>

私たちは、生命の誕生をもたらした海に対して、何らかの思いやイメージを抱いている。だが実際には、海について何をどれくらい知っているだろうか?

例えば、海の水はどこから来たのか、生命の誕生は――。

海の起源については、主に2つの理論がある。1つは、地球が冷えるにつれて水が出現したというもの。こちらのほうが広く支持されている。もう1つの有力な説は、水は別の場所からやって来たというものだ。彗星などの他の天体(巨大な氷の塊のようなもの)が地球に衝突し、地表で溶けたとする説である。

生命の誕生については、カンブリア爆発という言葉を聞いたことがあるかもしれない。約5億4000万年前に起こった急激な変化で、これにより初期の単純な単細胞生物と多細胞生物がみるみる枝分かれし、多くの新種が出現した。

だが、このカンブリア爆発についても、生物がこの時になぜ、どのようにして、豊かな多様性を発展させたかというと、単純な答えはない。さまざまな理論が次々に現れては否定されてきた。

こういった疑問の答えを求めて、40億年の歴史を一気に俯瞰する――しかも、美しい海の写真と共に――と、生命のスケールは想像を絶するほど長く、人類の歴史などほんの一瞬に過ぎないことがよく分かる。『海のミュージアム――地球最大の生態系を探る』(ルイス・ブラックウェル著、筆者訳、創元社)は、科学エッセイと一流の写真家による数々の写真によって、読者を「始まりも終わりもない海への旅」へと誘う。

流れる溶岩の写真は地球の誕生を、春のビスケー湾の衛星写真は生物が地球に住めるようになった理由の1つである植物プランクトンの大増殖を彷彿させるだろう。

本書には、海が育んだ生物たちも続々と登場し、生態系における彼らの役割が語られる。浅い場所で死んだ生物は、マリンスノーとして深海に降り注いでそこに住む生物たちの食物となる。グレート・バリア・リーフでは、サンゴ礁が驚くほど多様な生物を支えている。また、大洋のほとんどを占める深海の世界と、その探査についても紹介する。

人類が好き勝手に振る舞える時間は終わった

一方、人類は海岸で海の幸を漁る生活を続けるうちに船を作ることを覚え、海を航路として利用するようになった。交易が盛んになれば、海洋国家が誕生する。このように人類はさまざまな形で海を利用してきたし、今でも海からエネルギーを得る方法などが追求されている。

ただ、最近は海から得られる資源にも限りがあることがわかってきた。人類が好き勝手に振る舞える時間は終わり、持続可能な方法で海を利用し、共生していく方法を探るべき時が来ている。

海と人間との関係は、物的世界だけでなく芸術の世界にもおよぶ。芸術家にとって、海はいつの時代も思いを巡らす魅力的な場所であり、ホメロスの叙事詩『オデュッセイア』や葛飾北斎の木版画「神奈川沖浪裏」など、数々の芸術や音楽、文学での創作活動を刺激してきた。

現在の地質時代は、人類がすべての生物に影響をおよぼす「人新世」と呼ばれており、海に対する影響も計り知れないほど大きいものになっている。プラスチックや廃棄物などの汚染物が還流に巻き込まれた「太平洋ゴミベルト」のように、どの政府も管理していない、誰も関わりたがらない問題もある。

本書では、海と私たち自身の未来を守るため、状況を改善し軌道を修正する方策についても考察している。

【参考記事】「地球の気温は250度まで上昇し硫酸の雨が降る」ホーキング博士

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中