NAFTA再交渉でコロナが危ない
94年にNAFTAが発効して以来、アメリカとメキシコの経済は深く絡み合っており、供給チェーンは国境を越えて構築されている。特に農産物と食品ではそれが顕著だ。
NAFTAは両国間の農業貿易の大半で関税を撤廃し、新しい供給ルートを拡大し、国境を超えた投資を促進してきた。
米企業はメキシコで豚肉加工場や果実採取事業に投資しているし、南から北への投資も活発だ。05年にはコロナやモデロなどのビールを醸造するメキシコ最大手グルッポ・モデロが、メキシコのビール向けの大麦を麦芽処理するアイダホ州の工場建設に6000万ドルを投じている。
警戒感で調達源を多様化
アメリカ産大麦の対メキシコ輸出量は、メキシコ産ビールの人気沸騰につれて増加。米商務省によると、90年にはアメリカに輸入されたビールの約2割がメキシコ産だったが、今では7割前後だ。昨年にはメキシコ産ビールとワインの米国内での売り上げが31億ドルを突破した。
アメリカの大手ホップ生産・販売業者SSスタイナーの輸出部長リチャード・シェイは、メキシコへの輸出はアメリカのホップ業界にとって「非常に重要」だと強調する。
アメリカ勢はメキシコの大手ビール会社だけでなく、成長著しい地ビール産業にも目を向けている。しかし物理的なものであれ経済的なものであれ「国境に障壁があれば貿易はやりにくくなる」と、シェイは言う。
【参考記事】トランプのWTO批判は全くの暴論でもない
国境の壁は、今や空想の産物ではない。トランプ政権の貿易政策を警戒するメキシコは、NAFTA崩壊という最悪の事態に備えて、食料調達源の多様化や食糧自給率拡大に動き出した。
米穀物協会のトム・スライト会長によれば、メキシコの農政当局者はバイオテクノロジーの活用による増産や、採算を度外視しても飼料用トウモロコシを輸入品から国内産に置き換えることを検討している。
農業関係者の間には、NAFTAの再交渉でアメリカ政府がメキシコを追い詰め過ぎることはないだろうとの楽観論が広がっている。しかしトランプ政権の出方は予測不能だ。
トランプは4月に、協定撤廃に踏み切ろうとしたばかり。そのときはメキシコのエンリケ・ペニャ・ニエト大統領とカナダのジャスティン・トゥルドー首相の説得で再交渉に転じた。だが、「トランプ政権が何をするかは分からない。実に心配だ」と、大麦農家のブラウンは言う。
メキシコとの自由貿易から恩恵を受けているのは農家だけではないと、穀物協会のチャベスは言う。「コロナやドスエキスで喉を潤すときは、ちょっと考えてくれ。バド・ライトよりうまいビールを飲めるのは自由貿易のおかげなんだと」
[2017年6月20日号掲載]