パナソニック役員の「技術と心をつなげる」本への違和感
ところが著者は、「どっちも中途半端なんて言われるなら、仕事もピアノも両方ともやってみせる!」と感情的な方向に走ってしまう。しかも「やってみせる!」と決心したにもかかわらず、高校時代の初恋の人と再会して結婚することにしたという理由で、結果的にはアメリカ・デビューを断ってしまう。
「あれ、そうなっちゃうの?」という感じで、少なくとも私には、ちょっと理解できなかった。
なお、DJの立場からすると、前出のターンテーブル「SL-1200」シリーズに対する認識にもズレを感じる。
テクニクスのターンテーブルはレコードを載せる回転盤を外周のベルトドライブで回すのではなく、モーターで直接駆動するダイレクトドライブ方式を世界で初めて採用した。このSL-1200の後継機、SL-1200MK2を使って、全世界のディスコやバーでDJたちが独創的な奏法を編み出していた。
ターンテーブルを直接手で触って動かし、キュッキュッとこする、スクラッチ。サウンドとリズムで遊びながら即興で行うパフォーマンスはクラブミュージックのDJにとって欠かせない技術になっている。このスクラッチも、モーターを直接回転盤につなげることで、回転する力が強くなったために実現したのだ。(184ページより)
たしかに大筋ではそういうことだ。しかし70年代後期にグランドマスター・フラッシュやDJクール・ハークが「ブレイク・ミックス」などの手法を生み出したとき、使われていたのはベルトドライブの「SL-23」だった。細かい話だが、専門家としてクラブミュージックを語るのであれば、これは持っていなければならない知識である。
他にも、復活した「SL-1200GAE」の33万円という価格設定など、認識がズレていると思わずにいられない箇所が少なくなかったが、それは「会社の方針」であって本書とは関係のない問題でもあるので、ここでこれ以上突っ込む必要もないだろう。
しかしどうあれ、かつて大きな憧れを抱いたテクニクスへの想いは、本書によってちょっと違う方向を向いてしまった。何度もいうようにテクニクスのファンだったからこそ、その部分はどうしようもないのだ。
本書を読んで気になるのは、全体を貫くバブルの残り香である。
「ああ、バブルのころって、こういう人がたくさんいたよなぁ」というのが率直な感想であり、しかも絶対的な自己肯定意識が全体を貫いていて曲折や苦悩が描かれていないため、あまり心に訴えかけてこない。
「小説じゃないんだから」と反論されればそのとおりかもしれないが、読者は少なからず「ストーリー」を求めたくなるもの。つまり苦悩や葛藤、失敗談などがもっとていねいに書かれていたとしたら、より読者からの共感を得られたのではないかと思えてならないのだ。
[筆者]
印南敦史
1962年生まれ。東京都出身。作家、書評家。広告代理店勤務時代にライターとして活動開始。現在は他に、「ライフハッカー[日本版]」「WANI BOOKOUT」などで連載を持つほか、「ダヴィンチ」「THE 21」などにも寄稿。新刊『世界一やさしい読書習慣定着メソッド』(大和書房)をはじめ、『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)など著作多数。