最新記事

いとうせいこう『国境なき医師団』を見に行く

マニラのスラムの小さな病院で

2017年4月7日(金)18時00分
いとうせいこう

そもそもは政府系の、つまり公立の病院で働いていたアントニーは、2014年1月にここに来たのだと答えた。公立病院にいれば安泰だろうに、リカーンの病院はリプロダクティブ・ヘルス(性と生殖に関わる健康)に特化していてユニークだということ、また他の公立診療所などではいまだに資金不足から「塩」が支給されるところもあること(どうやらフィリピンではお金のかわりにが使われることがあるらしい)、そしておそらく何よりも女性と子供の権利を守ろうとするリカーンの姿勢があらゆるセクシュアリティの権利運動と結びつき得ると考えて、アントニーは今もその"NGOが草の根運動で開いている医療機関"にいるのだった。

「交通費もバカにならないから、ここに来られるのは周辺のスラムに住む人に限られているけど、ここから紹介した病院も無料になりますよ」

とアントニーは英語で付け加えた。つまりまだまだ多くの患者を診察したいし、リカーンとMSFによって無料の医療機関が増えることを願っているのに違いなかった。そしてアントニー自身、ジプニーやトライシクルで通って来ているのだと言った。一日に50人から100人を診ているのだという。


「それから、リカーンが受け入れるのはリプロダクティブ・ヘルスを通して、実は性暴力に傷ついた女性、虐待を受けた子供、そして貧困に苦しむ人々なんです」

核心部分をアントニーはそう話した。"リプロダクティブ・ヘルスに特化していてユニークだ"と初めに言ったその奥に、硬質なリアリティがあるのがわかった。

アントニーはマイノリティからの視線を失わず、自分のあるべき居場所を見つけたのだと思った。

それがリカーンとMSFの営む病院だった。

なぜ彼女たちは通うのか

階下に下り、今度は患者の女性にも話を聞いた。

チャンダ・U・フエンテスというその41歳の女性は「ブルックリン」という文字が大きく描かれたTシャツを着てタオルを首に巻き、髪は茶色に染め、きれいに眉を整えて唇にピンクのリップを塗っていた。そしてファミリープラニングの話を小さな声でする度に、顔を赤らめた。

2013年からIUD(子宮内避妊器具。T字のプラスチックの先にナイロンの糸のようなものが付いていて、子宮に入れておくことで受精卵の着床を防ぐ)を入れていたが、建設業を営む夫がニュージーランドへ働きに出たため避妊が要らなくなり除去。しかし一ヶ月後に帰って来るのでもう一度入れてもらいに来たのだという。ピルは体に合わないので前と同じIUDを希望しているのだそうだった。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

新型ミサイルのウクライナ攻撃、西側への警告とロシア

ワールド

独新財務相、財政規律改革は「緩やかで的絞ったものに

ワールド

米共和党の州知事、州投資機関に中国資産の早期売却命

ビジネス

米、ロシアのガスプロムバンクに新たな制裁 サハリン
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 4
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 5
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 6
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 7
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 8
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 9
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」…
  • 10
    プーチンはもう2週間行方不明!? クレムリン公式「動…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 6
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 7
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 8
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 9
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 10
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中