「失業」が脳裏を掠める中、AIとの共生を模索する本を翻訳した
印象的なセンテンスを対訳で読む
以下は『シンキング・マシン 人工知能の脅威――コンピュータに「心」が宿るとき。』の原書と邦訳からそれぞれ抜粋した。
●...these translators will never get paid anything for their contribution -- other than the sum they were paid for carrying out the original contracted work, that is. Hanna Lützen may get paid by the Gyldendal publishing house for translating the Harry Potter books into Danish, but Google pays her nothing if those combined 1 million-plus words then help its system translate a love letter from your girlfriend in Denmark.
(こういう翻訳者たちにはその貢献度に見合った報酬は支払われていない。契約書で定められた仕事分だけが支払われている。「ハリー・ポッター・シリーズ」をデンマーク語に訳したハンナ・リュッツェンはギルンデル出版からは報酬を受け取っているはずだが、100万語を超える彼女の訳語を使って、デンマークにいるガールフレンドからのラブレターを翻訳してくれるグーグルはリュッツェンに何も支払っていない)
――AIはユーザーからデータをどんどん収集してスマートになっていく。そのデータはたいへん貴重なのだが、データ提供者にはオンラインツールの無償提供という形でしか報酬は支払われないことを改めて思い知らされる。
●Let's start with what may sound a controversial idea: that there is a moral imperative for getting rid of certain types of work. To give an example most people can surely agree on, there were more than 1,000 chimney sweeps employed in Victorian London.
(議論を呼びそうだが、道徳的に失くすべき種類の仕事もあるから、まずそこから話を始めてみることにする。誰もが同意してくれそうな例を挙げてみよう。ビクトリア時代のロンドンには煙突掃除に従事している人が1000人以上いた)
――この一文から始まり、煙突掃除に従事していたのが児童だったこと、その劣悪な労働環境を示し、当時の技術革新により、児童による煙突掃除がなくなったことは「技術的失業」の良い例だったと指摘する。
●...Harvard University's economics professor Lawrence Katz has coined the term 'artisan economy'. Artisans are skilled workers, who often carry out their work by hand. During the Industrial Revolution, artisans were increasingly replaced as automation took over.... Today, there is evidence that trend is being reversed.
(ハーバード大学の経済学教授ローレンス・カッツは「アルチザン・エコノミー」という言葉を生み出している。「アルチザン」とは手仕事職人のことで、産業革命時にアルチザンは自動化の波を受けてその職を追われた。(中略)今、そのトレンドが逆になっている)
――莫大な投資を必要とするAIの触手の及ばぬところはどこなのか、将来に希望を見出せそうな一文だ。
新しいテクノロジーが普及するたび、消えていった職業もあれば、それをきっかけに新しく誕生した職業だってある。それに、AIが得意とすること/しないこともある。AIは技術革命なだけでなく、私たち人間の生き方を変えようとしている。「思考する」ことが人間の証しであるなら、この巨大な変化の波をうまく乗り切れるように考えて備えたい。
『シンキング・マシン 人工知能の脅威――コンピュータに「心」が宿るとき。』
ルーク・ドーメル 著
新田享子 訳
エムディエヌコーポレーション
【参考記事】AIに奪われない天職の見つけ方 「本当の仕事 自分に嘘をつかない生き方、働き方」(榎本英剛著)
トランネット
出版翻訳専門の翻訳会社。2000年設立。年間150~200タイトルの書籍を翻訳する。多くの国内出版社の協力のもと、翻訳者に広く出版翻訳のチャンスを提供するための出版翻訳オーディションを開催。出版社・編集者には、海外出版社・エージェントとのネットワークを活かした翻訳出版企画、および実力ある翻訳者を紹介する。近年は日本の書籍を海外で出版するためのサポートサービスにも力を入れている。
http://www.trannet.co.jp/