最新記事

いとうせいこう『国境なき医師団』を見に行く(フィリピン編4)

マニラの人道主義者たち

2017年3月14日(火)16時15分
いとうせいこう

ジェームスは機嫌がよかった。瓶ビールを持っていたと思う。大きな体のおかげで瓶はおもちゃに見えた。また、ジュニス医師の隣で笑ったり、他のスタッフのからかいに異論をはさんだりしているのは若き日本人女性スタッフ菊地寿加(すが)さんだった。小さな体でエネルギッシュに話をする彼女は、すでによく飲んで明るかった。

フランス人ヴィアネ

少し一緒におかずをつまんでから、俺は海が眼前に広がる高層階ベランダに出た。周囲のビルの灯がチカチカとまたたいていた。そこに一人の痩せたヨーロッパ人男性がいて、煙草を吸っていた。若いが髭面を見ると旅慣れたヒッピーにも見えた。

「こんばんわ、日本から来ました」

「やあ聞いていますよ。ヴィアネ・デルピエールです」

「セイコーです」

そこからしばしポツポツと言葉を交わすと、彼ヴィアネが翌日の朝に母国フランスへ帰ることがわかった。プロジェクト・コーディネーターとしての8ヶ月のミッションを終えたところだというのだ。

すでに送別会は済ませてあったそうだから、ジョーダンたちが少しフォーマルないでたちを心がけていたのはリカーンのメンバーを迎えるためだったようだが、むろんヴィアネへの感謝がなかったわけもない。

しかしヴィアネ自身はといえば淡々とベランダで海の闇を見る。

彼はアフリカや中東を経てマニラに来ていた。もともとは学生の頃から人道主義者で、その延長線上で電気技師としてMSFに参加し、その後ロジスティシャンとして活動地に必要な物資を輸入し、管理してきたという。

「なぜMSFに入ったか......そうだな、答えはひとつに決められないな。姉が活動に参加していたけど、だからといって僕が今こうしている理由かどうかわからない」

ヴィアネはわかりやすい解答を拒んで、困ったように微笑んだ。

少し考えて俺は言った。

「ただ、君は今とても満足してそうだけど」

「あ、ああ、そうだね! それは確かだ。活動地でこうしてたくさんの素晴らしい人と出会って、自分も人道主義者として目標を達成出来ているんだよ。だから満たされてる。まさしくそうだ」

ヴィアネは笑って瓶ビールをあおった。

二人で部屋の中を見た。ヴィアネの役職を継ぐのがアフリカ人ジェームスだった。彼らはともにシャイで冷静で、つまり人種や体型を超えて必要とされるひとつの能力を持っているのを、俺は感じた。

重ねて言うが、彼らの任務は簡単ではない。

例えば未成年が妊娠すれば親に判断を仰ぐことになり、それは教会の意向を反映したものになる。コミュニティであるバランガイは彼らの間をとりもっている。

ジェームスは昼の取材のあと、スラムの中を歩きながら言った。


「僕たちの国ケニアであれば教会に逆らうよ」

ホープは両手を広げて答えたものだ。 

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏への量刑言い渡し延期、米NY地裁 不倫口

ビジネス

スイス中銀、物価安定目標の維持が今後も最重要課題=

ワールド

北朝鮮のロシア産石油輸入量、国連の制限を超過 衛星

ワールド

COP29議長国、年間2500億ドルの先進国拠出を
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでいない」の証言...「不都合な真実」見てしまった軍人の運命
  • 4
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 5
    プーチンはもう2週間行方不明!? クレムリン公式「動…
  • 6
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 7
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」…
  • 8
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 9
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 10
    巨大隕石の衝突が「生命を進化」させた? 地球史初期…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 5
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 6
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 7
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 8
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 9
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 10
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 10
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中