最新記事

いとうせいこう『国境なき医師団』を見に行く(フィリピン編4)

マニラの人道主義者たち

2017年3月14日(火)16時15分
いとうせいこう

「私たちフィリピンは『ノーコンフリクト』なの。事を荒立てない方を選ぶ。従順が美徳だから」

それを聞いて俺はそこにも日本と同じ問題が横たわっていることに気づいたのだった。視界に広がるスラムの奥の、きわめてフィリピン的な古風さが、そこに生きる人々の枷(かせ)になっていた。

話し続ける人々

ヴィアネにひとまず8ヶ月の活動へのねぎらいの言葉をかけてから、俺は部屋に戻った。人々はふたつの群れに分かれていた。

ひとつはリーダーであるジョーダンの周囲に自然に出来た群れで、その真ん中でジョーダンが熱っぽく質疑応答を繰り返していた。

もう一方はジュニス医師を囲む数人で、こちらはごく静かにゆっくりと小声で話していた。東洋の賢者といった風体だった。ジョーダンとやり方は違うが、人を惹きつけていることに変わりはなかった。

そして二人は時おり会話をした。それを俺たちは熱心に聞いた。

彼らはいわばトップ会談をしているのだった。

バランカイの複雑な人間関係について賢者はしゃべった。対して熱い西洋の改革者は世界の保守傾向と難民について語った。

新しい政権のもとで、その意見交換がいつ「共謀」と取られるかわからない状況が彼らに訪れ、目の前の女性や子供をひたすら守ろうとしている彼らの背後にもまた、困難が覆いかぶさっていた。

それでも臆することなく、時に冗談を言いあって笑いながら彼らは持ち寄った食べ物と飲み物を分け、長い時間話し続ける。

俺はその様子をメモに取り続けた。 

俺に出来ることは限られていた。

彼らの姿を記録すること。

そして彼らの視線の先に、またあのドーハ発羽田行きQR812で隣に座っていた青年を見出すこと。
【参考記事】ギリシャまで、暴力や拷問から逃れてきた人々


俺の中に何度も何度も彼を出現させること。

itou20170312230202.jpg

続く

profile-itou.jpegいとうせいこう(作家・クリエーター)
1961年、東京都生まれ。編集者を経て、作家、クリエーターとして、活字・映像・音楽・舞台など、多方面で活躍。著書に『ノーライフキング』『見仏記』(みうらじゅんと共著)『ボタニカル・ライフ』(第15回講談社エッセイ賞受賞)など。『想像ラジオ』『鼻に挟み撃ち』で芥川賞候補に(前者は第35回野間文芸新人賞受賞)。最新刊に長編『我々の恋愛』。テレビでは「ビットワールド」(Eテレ)「オトナの!」(TBS)などにレギュラー出演中。「したまちコメディ映画祭in台東」では総合プロデューサーを務め、浅草、上野を拠点に今年で9回目を迎える。オフィシャル・サイト「55NOTE

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ガザの学校に空爆、火災で避難民が犠牲 小児病院にミ

ワールド

ウクライナ和平交渉、参加国の隔たり縮める必要=ロシ

ビジネス

英総合PMI、4月速報48.2 貿易戦争で50割れ

ビジネス

円債は償還多く残高減も「買い目線」、長期・超長期債
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 2
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 3
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負かした」の真意
  • 4
    パウエルFRB議長解任までやったとしてもトランプの「…
  • 5
    アメリカは「極悪非道の泥棒国家」と大炎上...トラン…
  • 6
    【クイズ】世界で最もヒットした「日本のアニメ映画…
  • 7
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 8
    なぜ世界中の人が「日本アニメ」にハマるのか?...鬼…
  • 9
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?.…
  • 10
    コロナ「武漢研究所説」強調する米政府の新サイト立…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ? 1位は意外にも...!?
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    しゃがんだ瞬間...「えっ全部見えてる?」ジムで遭遇した「透けレギンス」投稿にネット騒然
  • 4
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初…
  • 5
    【渡航注意】今のアメリカでうっかり捕まれば、裁判…
  • 6
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 7
    【クイズ】売上高が世界1位の「半導体ベンダー」はど…
  • 8
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 3
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 7
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 8
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 9
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 10
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中