最新記事

海外ノンフィクションの世界

1年間すべてに「イエス」と言った女性から日本人が学べること

2016年12月27日(火)12時34分
押野素子 ※編集・企画:トランネット

 しかしライムズはなぜ、ここまで自分の弱さをさらけ出すことにしたのだろうか? それは、同書が「女性による、女性のためのエッセー」だからに他ならない。ライムズは自らの経験を赤裸々に語ることで、全世界の女性にエールを送っているのだ。

「あなたは何に対しても絶対イエスとは言わない」という姉の言葉に触発され、「1年間、あらゆることに対してイエスと言おう」と決意したライムズは、その過程を実直かつユーモラスに綴っている。

 アメリカ人女性(特に黒人女性)というと、「タフで自信家」といったイメージが先行し、日本人には「別世界の人」ととらえられがちだが、「他人の評価に振り回されない」「褒め言葉を素直に受け取る」「きっぱり、上手に断る」「自分の体を愛する」「消耗する関係を絶つ」など、彼女が取り組んだテーマを見てみれば、悩むポイントが日本人と大差ないことに気づくだろう。

【参考記事】哲学の使い道を、NYタイムズの人気哲学ブログが教えてくれた

印象的なセンテンスを対訳で読む

 最後に、本書から印象的なセンテンスを。以下は『Yes ダメな私が最高の人生を手に入れるまでの12カ月』の原書と邦訳からそれぞれ抜粋した。

●Think of them. Heads up, eyes on the target. Running. Full speed. Gravity be damned. Toward that thick layer of glass that is the ceiling. Running, full speed, and crashing. Woman after woman.
(彼女たちのことを、考えてください。堂々と胸を張り、目標を見据えていた女性たち。重力をものともせず、全力疾走。分厚いガラスの天井に向かって。全速力で走り、衝突する。ガラスの天井に衝突し、落下していく。大勢の女性たち)

――ライムズが「女性として、アフリカン・アメリカンとして、エンタメ界に存在するガラスの天井を打ち破った功績」により、「シェリー・ランシング・リーダーシップ賞」を受賞した時のスピーチ。女性として生まれ、エンタメ界で尽力した先達全てに敬意を表しながら、「全女性の努力による賞」だと、同賞を受け取っている。

●You are not alone. Nobody should be alone. So. I write.
(あなたはひとりじゃない。誰もひとりになってはいけない。だから、私は書くのです)

――ライムズの原点が端的に記された一文。「クラスで唯一の黒人女子」だった彼女は、友達がいない寂しさから物語を書きはじめ、空想の中でたくさんの友達を作ったという。だからこそ、ライムズの作品は、孤独な気持ちを抱えている人々に向けて、「あなたはひとりじゃない」というメッセージを発信しつづけている。

●Don't apologize. Don't explain. Don't ever feel less than. When you feel the need to apologize or explain who you are, it means the voice in your head is telling you the wrong story. Wipe the slate clean. And rewrite it. No fairy tales. Be your own narrator. And go for a happy ending. One foot in front of the other. You will make it.
(悪びれては駄目。説明はいらない。劣等感を抱える必要なんてない。自分について謝りたくなったり釈明したくなったら、それは頭の中の声が、間違えた物語を朗読している証拠だ。すぐに白紙の状態に戻して、物語を書き換えよう。おとぎ話はいらない。自分で物語を作るのだ。さあ、ハッピーエンドを目指して。一歩ずつ。たどりつけるから)

――ライムズは、同じルールに従っていれば、幸福が待っていると信じている人々に向けて、誰もが自分だけのハッピーエンドを持っていることを力説している。自分はこうあるべきだと取り繕うのではなく、ありのままの自分を生きることで幸せはやってくることを、自らの経験を通じて学んだからだ。

◇ ◇ ◇

 同書には「女子力」や「愛され」といった、日本向けの自己啓発書にありがちなキーワードは登場しない。なぜなら、「仕事は順調、周囲からも認められているが、自分に自信が持てない」女性に欠けているものは、「女子力」でも、「他人に愛される能力」でもなく、「自分に対して、これでいいんだと肯定する愛」だからだ。同書は、全米随一の人気脚本家が全世界の女性に送る応援歌である。

ションダ・ライムズが同書と同じテーマで行ったTEDトークのスピーチ



『Yes ダメな私が最高の人生を手に入れるまでの12カ月』
 ションダ・ライムズ 著
 押野素子 訳
 あさ出版

トランネット
出版翻訳専門の翻訳会社。2000年設立。年間150~200タイトルの書籍を翻訳する。多くの国内出版社の協力のもと、翻訳者に広く出版翻訳のチャンスを提供するための出版翻訳オーディションを開催。出版社・編集者には、海外出版社・エージェントとのネットワークを活かした翻訳出版企画、および実力ある翻訳者を紹介する。近年は日本の書籍を海外で出版するためのサポートサービスにも力を入れている。
http://www.trannet.co.jp/

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中