最新記事

メディア

書くことが精神を浄化させる PTSDと闘う記者の告白

2016年11月29日(火)18時57分

 2010年4月5日にウィキリークスがビデオを公開したとき、私はタスマニアで休暇中だった。誰よりも状況をよく知っていると分かっていながら、この世界的な大ニュースに取り組むのを社内の他の誰かに委ねることになり、私は自分を臆病に感じていた。同ビデオは何百万回も視聴された。

 6年以上も悩まされ、私はバグダッド時代の同僚にどう思っているか聞いてみた。全員が、私はできる限りのことをやったと言った。だが、罪と恥の意識が消えることはなかった。

 7月後半、私はメアリーにどうしても安らぎが欲しいと伝えた。彼女は私に、精神科の病院ですぐにでも治療を受ける必要があると言った。彼女は「どん底にたどり着いた」と語った。

17号棟

 それから2週間後、私はメルボルンにあるハイデルベルク・レパトリエーション・ホスピタルのPTSD患者が集められた17号棟のガラス張りのドアの前に立っていた。

 私は不安で、自分を無力に感じていた。越えてはならない一線を越えようとしており、精神科病棟に入院するのだと。

「もっと健康になれるだろうか」。メルボルン行きの飛行機に乗る朝、私はこう記した。「もっと賢く、もっと自制がきくようになれるだろうか。家族のために『絶対に』そうならなくては。

 入院受付は食堂の隣にあった。入れ墨に覆われた白髪交じりの男性たちが昼食を食べ終えようとしていた。皆、目の下にくまができている。

 看護師が私の部屋に案内してくれた。アルコールを所持していないか、荷物をチェックしていいかと聞かれた。私が持ってきた薬を取り上げ、スタッフが時折、抜き打ちで呼気検査をすると言った。もうラムコークが飲めないのか、と私は思った。

 17号棟は20部屋あり、オーストラリアの兵士を治療してきた長い歴史をもつ。

 私がここに5週間入院した間、ベトナム、イラク、アフガニスタンでの戦争経験者や東ティモール紛争に参加した人たち、警察官や刑務官、そして運悪く犯罪に巻き込まれた一般市民とも一緒だった。施設は施錠されないが、患者は短時間でも病棟を離れる場合は名前を記入しなければならなかった。週末の外泊は許可されていた。

 入院した翌日、担当医と2時間のセッションを行った。自分にとって最大の問題は、ナミールとサイードの死に対する罪の意識だと伝えた。支局長として、彼らの安全に責任があったと。そして、ウィキリークスが公開したビデオをめぐる取材を自分が主導しなかった恥ずかしさがあると。

 セッションが終わりに近づくと、精神科医は私がトラウマを合理的に分析しようとし過ぎており、感情を十分に吐き出していないと言った。まるで他の誰かについて語っているかのように、私が自分の経験を話していた、と。インドネシアでの爆弾攻撃や津波の取材といったイラク以前のトラウマについては、少し和らいでいる、とも彼女は指摘。PTSDとの診断を下して、私が蓄積されたトラウマを抱えており、うつ病にかかっていると語った。

 私は部屋に戻ると、どうやって感情的に対処すればいいのだろう、ただ泣こうとすればいいのか、などと思った。

 入院中、ソーシャルワーカーと定期的に面談し、私の感情のまひや、それが結婚生活や子どもたちとの関係をどのように傷つけたかについて話し合った。入院する際に私が書いた目標の1つは「かつての夫と父親だった自分を取り戻す」ことだった。

リフレクソロジーと「ジェイソン・ボーン」

 グループセッションは、うつや不安、怒りをコントロールし、感覚に負荷がかかり過ぎることにうまく対処する方法など、PTSD治療の基本を網羅している。精神性や心の集中、リフレクソロジーやアートセラピー、クッキングのクラスまである。

 私は多くのことを他の患者から学んだ。一部の人は17号棟に入院するのは初めてではなかった。私は記者だが、垣根はすぐに取り払われた。重要なのは、自分が同じPTSDを患う者だということだった。騒音や人混みが嫌いで、人との関係に問題があるというように、他の患者が私と同じような症状があると言っているのを聞くことは効果があった。また、気分が明るくなるひとときもあった。

 入院して最初の週末、私は近くの映画館で人気シリーズの最新作「ジェイソン・ボーン」を見ようと思った。だが向かう途中、私は病院に引き返した。映画館が混み過ぎているかもしれないことをなぜか忘れていたのだ。そのことを後で若い看護師に話すと、彼は私を見てこう言った。「もうちょっと高尚なものを見るのかと思った」と。記者もハリウッドのアクション映画を見るよ、と私は答えた。

 17号棟に入院した1日目から、私はPTSDや、戦争が兵士や記者や市民に及ぼす影響に関する本を読みあさった。日記も毎日つけていた。

 時が経過するにつれ、私は自分が改善していると感じるようになった。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

米との鉱物資源協定、週内署名は「絶対ない」=ウクラ

ワールド

ロシア、キーウ攻撃に北朝鮮製ミサイル使用の可能性=

ワールド

トランプ氏「米中が24日朝に会合」、関税巡り 中国

ビジネス

米3月耐久財受注9.2%増、予想上回る 民間航空機
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは?【最新研究】
  • 2
    日本の10代女子の多くが「子どもは欲しくない」と考えるのはなぜか
  • 3
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 4
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 5
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    「地球外生命体の最強証拠」? 惑星K2-18bで発見「生…
  • 8
    謎に包まれた7世紀の古戦場...正確な場所を突き止め…
  • 9
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初…
  • 10
    【クイズ】世界で最もヒットした「日本のアニメ映画…
  • 1
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 2
    しゃがんだ瞬間...「えっ全部見えてる?」ジムで遭遇した「透けレギンス」投稿にネット騒然
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    【クイズ】売上高が世界1位の「半導体ベンダー」はど…
  • 9
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 10
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 8
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中