最新記事

メディア

書くことが精神を浄化させる PTSDと闘う記者の告白

2016年11月29日(火)18時57分

11月15日、数々の大事件を取材し、バグダッド支局長を務めたロイターのディーン・イェーツ記者(写真)が、心的外傷後ストレス障害(PTSD)と闘う日々をつづった。イラクのティクリート近郊で2003年11月撮影。ディーン・イェーツ記者提供(2016年 ロイター/Dean Yates/Handout via REUTERS)

 今年3月初め、精神科医が最初のセッションの終わりに、心的外傷後ストレス障害(PTSD)との診断を下したとき、ついに私は自分が不調であることを受け入れざるを得なかった。

 妻のメアリーは長い間、私に起きるフラッシュバックや不安感、感情のまひや不眠を心配していた。私はこうした症状を軽く見て、問題を抱えていることを否定した。だがそれから5カ月後、私は精神科病棟にいた。

 ロイターの記者として、私はいくつかの大事件を取材していた。2002年のバリ島爆弾攻撃事件や、2004年のスマトラ島沖地震、2003年から2004年にかけて3度にわたるイラクへの取材、それから2007年から2008年は支局長としてイラク首都バグダッドに赴任した。

 その後2010年から2012年の間は、シンガポールから毎日、アジア全体のトップニュースを仕切っていた。

 アジアと中東で20年間働いた後、このあたりで落ち着こうと、2013年初めに人口約1000人の豪州タスマニア島エバンデールに家族と共に移り住んだ。自宅から、ロイターの記事を編集した。

 しかし、妻メアリーの生まれ故郷である美しいタスマニアの島でリラックスするはずが、私の身体は変調をきたしていった。

 以前記者だったメアリーは、精神科医との最初のセッションを前に、気がかりなことを手紙で医師に説明した。彼女にとって、このような手紙を書くことは苦痛であったに違いない。

「3年前にタスマニアに戻ってきたとき、ディーンにとってはまさに『田舎暮らし』だった。彼は多くの時間を家族と過ごすようになった。間もなく私は彼の変化に気づき始めた。大きな音に敏感になり、短気で怒りやすく、いら立っており、家庭を覆い尽くすような陰うつな空気を漂わせるようになった。

 「私は彼がPTSDではないかと疑い始めた。彼は生涯忘れられないある特定のイメージがいくつかあると語っていた。

 数多くの光景、音、においが実際、私の記憶に焼きついている。

 バリ島のナイトクラブのがれきのなかで踏みそうになった、ちぎれた手。津波が引いた後にバンダアチェのモスクで確認した150人以上の膨れ上がった遺体。そして、2007年7月12日の朝、米軍ヘリの攻撃により、カメラマンのナミール・ヌル・エルディーン(22)とドライバーのサイード・シュマフ(40)が殺害されたとの知らせが届いたとき、バグダッド支局を貫いたイラク人スタッフの悲痛な叫び、などがそうだ。

穏やかで理性的、決断力がある

 PTSDは1つの、あるいは複数のトラウマ的体験が原因で発症する。

 PTSDになるのは兵士ばかりではない。警官や救助隊員もPTSDになるリスクがある。戦闘や自然災害に巻き込まれた市民や、性的被害者、自動車事故の被害者もPTSDになる恐れがある。

 米コロンビア大学ジャーナリズム大学院のプロジェクト研究によると、仕事でトラウマになりそうな事件に繰り返し遭遇するにもかかわらず、ほとんどの記者には抵抗力があるという。ただしごく少数ではあるが、PTSDやうつ病、薬物乱用といった長期に及ぶ精神的問題を抱えるリスクがあるとも指摘している。

 私は自分がPTSDになるとは露ほども思っていなかった。自分は穏やかで、理性的で、決断力があると思っていた。大規模な編集チームを束ねる責任者の役割を楽しんでいた。必要とあらば、過酷な状況を考えないようにできると思っていた。

 しかし昨年、私は時々ベッドから起き上がることができなくなった。書斎で机に向かって仕事をしようとするものの、頭を起こすことがほとんどできなかった。ストレスを感じると、バグダッド支局に引き戻された。まるでずっとそこにいたかのように。私はこぶしを机にたたきつけ、壁に向かって叫んだ。

 音に非常に敏感だったため、私の10代の子どもたちは何か物を落とすと動けなくなってしまった。私が部屋にいるときは、メアリーは掃除機をかけなかった。PTSDについての本を読み、私の症状について専門家と話した後、メアリーは私には助けが必要だと昨年何度か言ってきた。

 だが2015年半ばに私が観念して精神分析医に会うと、彼はPTSDを除外した。知名度のある仕事を離れ、誰も自分のことを知らない田舎に移り住んだことで、アイデンティティーの危機に陥っているのだと言われた。PTSDではないと、私はメアリーに言い張った。

 それから数カ月後、私の神経過敏や感情のまひ、抑えきれない怒りのせいで結婚生活が限界に達した今年3月、私はようやくPTSDとの診断を下した精神科医に会うことに同意したのだった。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

イスラエル首相らに逮捕状、ICC ガザでの戦争犯罪

ビジネス

米新規失業保険申請は6000件減の21.3万件、予

ワールド

ロシアがICBM発射、ウクライナ発表 初の実戦使用

ワールド

イスラエル軍、ガザ北部の民家空爆 犠牲者多数
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱が抜け落ちたサービスの行く末は?
  • 2
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッカーファンに...フセイン皇太子がインスタで披露
  • 3
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 4
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 5
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 6
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    習近平を側近がカメラから守った瞬間──英スターマー…
  • 10
    若者を追い込む少子化社会、日本・韓国で強まる閉塞感
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 7
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 10
    中国富裕層の日本移住が増える訳......日本の医療制…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中