最新記事

メディア

書くことが精神を浄化させる PTSDと闘う記者の告白

2016年11月29日(火)18時57分


トレッキングと抗うつ剤

 エディターたちは躊躇(ちゅうちょ)なく、私に3カ月の休みをくれた。私は抗うつ剤を飲み始めた。PTSDとの診断を受けてから数週間はひどい疲れに見舞われることがしばしばあった。5月初め、私は仕事復帰を7月まで遅らせた。ストレスと不安にうまく対処するのにめい想が役立つことを期待して、5月から6月にかけて8週間の精神集中コースを受講した。

 最高のセラピー、そう私が思ったのは森林を歩き回ることだった。

 タスマニアの熱帯雨林で、私は探し求めていた心の安らぎを見いだすことができた。古木に触れたり、川の近くに腰かけたり、霧の立ち込めた山々を眺めたりできるトレッキングに夢中になった。問題を抱えた心を忘れ、ただ森林の空気を吸った。そのうち、タスマニアの自然やウエストコーストの歴史に関する本を熱心に読みふけるようになった。

 トレッキングをしていないとき、私の心は動揺し、不安になり、独りでいたがることが多かった。6月初め、メアリーが自分と子どもたちは私の精神状態のせいでとても気を使って生活していると言ったとき、私はおりに入れられた動物のように部屋中を歩き回りながら、彼女に激しい怒りをぶちまけた。メアリーは、もし食ってかかったら殴られると思い、部屋を出たという。

 6月27日、私は日記に「脳みそが『レダカン』でおかしくなった」と書いた。レダカンとはインドネシアの言葉で「爆発」という意味だ。メアリーがもし私の日記を目にしたら、怖がるかもしれないと配慮してのことだった。

 翌日、私はエディターたちにメールを送り、あまりにストレスを感じるため、仕事を再開できないと伝えた。精神科医も同意見だった。

 7月、私の症状は悪化した。ひどいうつ状態に陥ったのだ。まるで霧のなかで生活しているように頭がぼーっとしていた。悪夢も一段とひどくなっていた。最も恐ろしい夢は、武装勢力に追われ、バグダッドの街を走り回っているというものだった。メアリーによれば、就寝中に私の足は、まるで走っているかのようによく動いていたという。眠れるように、私は鎮痛剤のパラセタモールとコデインを服用していた。飲酒もひどくなっていった。ただベッドのなかで終日過ごす、という日もあった。

 ナミールとサイードの9年目の命日が近づいたころ、私は2人について、そして当時バグダッド支局長としての自分の行動について深く考えるようになっていた。メールを読み返し、彼らの死を十分に調査したか自問していた。特に、事件から3年後の2010年にウィキリークスが公開した米軍の機密ビデオについて考えていた。そのビデオには、ヘリから銃で彼らが殺害される様子が映し出されていた。

 事件は2007年7月12日の朝に起きた。私は支局にいて、いわゆる「デスク」の仕事をしていた。突然、エントランス付近から悲痛な叫び声が2階建てのオフィスに響きわたった。すぐに何か恐ろしいことが起きたのだと私は悟った。伝えにきた同僚の苦しげな表情を今でも忘れない。別の同僚は、2人が殺害されたことを私に通訳してくれた。

 外見的には冷静さを保ち、同僚を慰め、米軍に対応して事件の原因を突き止めることに集中しようとしていた。2人が亡くなる前日には、ロイターのために通訳してくれていたイラク人がバグダッドで銃弾に倒れていた。彼が仕事に現れなかったことで、数日たってようやく彼の死を知ったのだった。(通訳者の両親は名前を明かさないことを望んでいる)

私の内面は、今にも崩れんばかりだった。

 ナミールとサイードが亡くなってから数日後、私はノイローゼになったようだった。嘆き悲しむにつれ、支局長を辞任するのが最善の策だと思った。あまりにもストレスがかかり過ぎていた。自分より強い誰かが引き継ぐべきだったが、私はそのまま仕事を続けた。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

ベネズエラ、今月初めの米軍による攻撃で兵士47人死

ワールド

EU、重要インフラでの中国製機器の使用を禁止へ=F

ワールド

イラン抗議デモ、死者3000人超と人権団体 街中は

ワールド

韓国、米のAI半導体関税の影響は限定的 今後の展開
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:総力特集 ベネズエラ攻撃
特集:総力特集 ベネズエラ攻撃
2026年1月20日号(1/14発売)

深夜の精密攻撃でマドゥロ大統領拘束に成功したトランプ米大統領の本当の狙いは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    上野公園「トイレ騒動」に見る、日本のトイレが「世界一危険」な理由
  • 2
    世界最大の埋蔵量でも「儲からない」? 米石油大手がベネズエラ投資に慎重な理由
  • 3
    ピラミッドよりも昔なのに...湖底で見つかった古代の船が明かす、古代の人々の「超技術」
  • 4
    韓国『日本人無料』の光と影 ── 日韓首脳が「未来志向…
  • 5
    世界初で日本独自、南鳥島沖で始まるレアアース泥試…
  • 6
    正気を失った?──トランプ、エプスタイン疑惑につい…
  • 7
    【クイズ】韓国を抜いて1位に...世界で最も「出生率…
  • 8
    イランの大規模デモ弾圧を可能にした中国の監視技術─…
  • 9
    日中関係悪化は日本の経済、企業にどれほどの影響を…
  • 10
    鉛筆やフォークを持てない、1人でトイレにも行けない…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した──台湾高官が分析
  • 3
    【クイズ】韓国を抜いて1位に...世界で最も「出生率が低い」のはどこ?
  • 4
    中国が投稿したアメリカをラップで風刺するAI動画を…
  • 5
    上野公園「トイレ騒動」に見る、日本のトイレが「世…
  • 6
    世界初で日本独自、南鳥島沖で始まるレアアース泥試…
  • 7
    Netflix『ストレンジャー・シングス』最終シーズンへ…
  • 8
    正気を失った?──トランプ、エプスタイン疑惑につい…
  • 9
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【202…
  • 10
    母親が発見した「指先の謎の痣」が、1歳児の命を救っ…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した─…
  • 6
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【202…
  • 7
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめ…
  • 8
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 9
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 10
    前進するロシア、忍び寄る限界...勝者に見えるプーチ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中