最新記事

北朝鮮

トランプ勝利は金正恩氏に「2つのハッピー」をもたらす

2016年11月10日(木)15時46分
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト) ※デイリーNKジャパンより転載

REUTERS/KCNA handout via Reuters/File Photo & REUTERS/Lucas Jackson/File Photo

<米大統領選でのトランプ勝利を受け、公式には反応していない北朝鮮政府だが、金正恩党委員長が「祝杯」を挙げていたとしても不思議ではない。おそらくトランプ次期政権は金政権に対し、強い態度では臨んでこないだろうからだ>

 米大統領選でのドナルド・トランプ氏の大逆転勝利を受けて、安倍晋三首相や韓国の朴槿恵大統領は祝意を伝えるメッセージを送った。言うまでもなく、慣例上のものである。日韓両国とも、政府内は衝撃と不安で満たされているようだが、それについては様々な報道で紹介されている通りだ。

 では、北朝鮮はどうか。公式な反応はまだないが、金正恩党委員長がトランプ勝利の報を受け、本心からの「祝杯」を挙げていたとしても筆者は驚かない。

同窓会を「血の粛清」

 これは、正恩氏がトランプ氏に何かを期待している、という意味ではない。むしろ、ヒラリー・クリントン氏の敗北を喜んでいると言った方が適当かもしれない。

 理由は大きく二つある。ひとつは人権問題、もうひとつは軍事情勢に絡むものだ。

 現オバマ政権は、北朝鮮における人権侵害の責任を問い、史上初めて正恩氏を制裁指定した。これに対する正恩氏の怒りは凄まじく、ブチ切れて周りに当たり散らし、拳銃を乱射したとの情報もあるほどだ。

 そもそも、正恩氏の核とミサイルの暴走は、人権問題で国際社会から追い詰められ、絶望した末のものであると言うことができる。金日成・正日、そして正恩氏へと連なる金氏一家は、国民の血で手を汚し過ぎた。たとえ核兵器を放棄しても、まともな国の元首であれば、正恩氏と握手しようなどとは思わないし、経済支援を与えることもない。

(参考記事:北朝鮮「核の暴走」の裏に拷問・強姦・公開処刑

 一方、米国は、戦略ミスにより北朝鮮の核武装を許してしまったために、積極的に軍事力を行使する選択肢が事実上、なくなってしまった。そこで、クリントン陣営が匂わせていたのが、北朝鮮を内部からゆさぶる戦略だ。

 たとえば、クリントン氏の外交ブレーンを務めてきたウェンディ・シャーマン元国務次官は5月、朝鮮半島関連セミナーの昼食会で発言し、「北朝鮮で内部崩壊またはクーデターが起こる可能性を想定するのは不可欠であり、韓国と米国、中国、日本が速やかに協議を行うべきだ」と述べた。

 実際のところ、現在の北朝鮮に、クーデターの兆候が見えているわけではない。過去にはそのような例もあったが、疑いを持たれた軍の同窓会組織などに対し「血の粛清」が吹き荒れ、今では軍人が数人程度の集まりを持つこともできなくなっている。

(参考記事:同窓会を襲った「血の粛清」...北朝鮮の「フルンゼ軍事大学留学組」事件

韓国政治の体たらく

 もちろん、シャーマン氏とてそのような現実を知らぬわけではない。件の発言は、「北に内部崩壊やクーデターを起こすことを検討しよう」という意味を裏返したものだ。

 そのような目的をもって北の内部に変化を起こし、それを外から支援するには、人権問題が最も強力な大義名分になる。「殺されていく北朝鮮の人々を、今すぐにでも救わねばならない」との主張を掲げるのである。

 ならば、トランプ政権が発足したらどうなるのか。トランプ氏やそのブレーンたちも、「北朝鮮の人権問題は重大だ」くらいのことは言うかもしれない。しかしその度に、人々は彼の発してきた人種差別的な言葉の数々を想起するだろう。北朝鮮に対する人権包囲網が、これまでに比べ真剣味の薄れたものになるのは避けられないのではないか。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ロシア政府系ファンド責任者、今週訪米へ 米特使と会

ビジネス

欧州株ETFへの資金流入、過去最高 不透明感強まる

ワールド

カナダ製造業PMI、3月は1年3カ月ぶり低水準 貿

ワールド

米、LNG輸出巡る規則撤廃 前政権の「認可後7年以
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 8
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 9
    【クイズ】2025年に最も多くのお金を失った「億万長…
  • 10
    トランプが再定義するアメリカの役割...米中ロ「三極…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 3
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥーが解明される...「現代技術では不可能」
  • 4
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 7
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中