『ハドソン川の奇跡』 英雄は過ちを犯したのか
単なる愛国映画を超えて
巨大都市ニューヨークで、ましてや9・11後のニューヨークでヒーローとして生きるのは生やさしいことではない。サリーがいてつく夜のマンハッタンでジョギングする場面がある。事故と取り調べによる心の傷を振り払うためだ。
タイムズスクエアのバーでは、ヒーローに気付いたバーテンダーから一杯おごられる。「グレイグース」という鳥の名前が付いたウオツカに、水を注いでシェークする。その名も「サリー」。バードストライクに遭った旅客機を、サリーが川に不時着させたことにちなんだネーミングだ。
サリーはちっとも愉快でないと思ったが、礼儀正しくグラスを受け取る。ハンクスは、事故のショックから抜け出せない機長の表情の中に、不安と恐怖と優しさの入り交じった感情を見事に表現している。
調査の過程でサリーが主張したのは、意思決定に与えられた時間の短さを考慮に入れてほしいという点だった。
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コンピューター・シミュレーションでは、エンジンが数分後に止まると初めから分かっているので、トラブルに即座に対処できた。しかし、サリーと副操縦士のジェフ・スカイルズ(アーロン・エッカート)は、何の前触れもなく異常事態に放り込まれたのだ。
その主張を受け、機長が判断を下す時間を35秒遅らせてシミュレーションをやり直したところ、近くの空港にたどり着くのは不可能だったという結論になった。旅客機は人口密集地帯のクイーンズ区や近郊のニュージャージー州のどこかに墜落していても不思議ではない。結局、サリーの責任は問われないことになった。
ハンクスは本誌のインタビューで、NTSBの官僚たちに敬意を持っているし、彼らの立場は理解できると述べている。「それが彼らの仕事だ。真相究明のための機関なんだから」と、ハンクスは言う。「彼らの名誉のために言うと、すべて正しい行動だった」
映画の中でハンクスが最も感情を揺さぶられたシーンは、ニューヨークの高層ビルの会議室に集まったスーツ姿の男女が窓の外を見ると、空低く飛ぶ旅客機が接近してくる場面だという。俳優たちは大げさな演技を避け、静かで重たい空気が流れる。「そのとき、彼らの脳裏に何がよぎっただろう」
イーストウッドは筋金入りの保守派だ。しかし近年手掛けた作品の多くと同様、単純化された愛国映画になりかねない『ハドソン川の奇跡』にも繊細さを織り込んでみせた。
≪映画情報≫
SULLY
『ハドソン川の奇跡』
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監督/クリント・イーストウッド
主演/トム・ハンクス
アーロン・エッカート
日本公開中
[2016年10月 4日号掲載]