『ハドソン川の奇跡』 英雄は過ちを犯したのか
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<ニューヨークのハドソン川に旅客機を不時着させて、155人の命を救った機長の、その後の戦いを見せる話題作>(写真:操縦不能になった旅客機を不時着に導いたサリー機長〔トム・ハンクス〕だったが・・・・・・)
舞台は旅客機のコックピット。ニューヨークのマンハッタン上空で操縦不能に陥り、機体が急降下し、ビル群がぐんぐん近づいてくる。機長の懸命な努力もむなしく、旅客機は高層ビルに激突して炎上する。あの9・11テロのように――。
映画の冒頭で冷や汗をかいて悪夢から目覚めるのは、チェスリー・サレンバーガー(サリー)機長。実際には、操縦不能の旅客機をハドソン川に不時着させて乗員乗客の命を守り、ニューヨークを大惨事から救い、ヒーローとたたえられた人物だ。
クリント・イーストウッド監督の最新作『ハドソン川の奇跡』は、09年1月に起きたUSエアウェイズ1549便の不時着事故を基にしている。どうせ安っぽい愛国映画だろうという私の予想は見事に裏切られた。感動の涙を流した場面すらあった。空から眺めるニューヨークの街並みも息をのむほど美しい。
NYへの「ラブレター」
この映画はニューヨークという町、そして危険を顧みずに救助活動に当たった警察官や沿岸警備隊員たちへのラブレターだ。1月の寒空の下、彼らは24分の間に155人の乗員乗客すべてを救助した。
ニューヨークの町と人命救助に携わるニューヨーカーをたたえるのは、9・11テロ後の映画の定番だが、『ハドソン川の奇跡』は、事故の真相究明のプロセスを追った作品でもある。
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国家運輸安全委員会(NTSB)の官僚たちは、不時着が本当に必要だったのかを調べ始めた。トラブルの原因は、鳥がエンジンに飛び込むバードストライクだったが、その後の機長の判断に問題はなかったのか。それは乗客を無用の危険にさらす暴挙だったのではないか。サリーは厳しい取り調べを受ける。
この映画での官僚の描き方には、そこはかとなく共和党的な色合いがある。それは、イーストウッドが共和党支持者であることを考えれば意外でない。
ストーリーの核は、トム・ハンクス演じるサリーと、顔の見えない官僚機構のせめぎ合いだ。ハドソン川に不時着させなくても近くの空港までたどり着けたはずだというのが、NTSBによるコンピューター・シミュレーションの結論だった。
イーストウッドはあるインタビューで、この作品に政治的意味合いがあるのかと尋ねられて言葉を濁した。「分からない。考えたことがない」
それでも、官僚たちを敵役と位置付けていることは認めた。「いつもそうだからね」と、イーストウッドは述べた。「誰かが正しいことをしようとすると、官僚機構に邪魔される。そこで、正しいことをするために創意工夫が必要になる」