最新記事

イギリス

英国で260万語のイラク戦争検証報告書、発表へ ──チルコット委員会はどこまで政治責任を追及するか

2016年7月1日(金)16時05分
小林恭子(在英ジャーナリスト)

2006年2月、無言の帰国をした100人目の英兵士 Shane Wilkinson/MoD/Handout-REUTERS

<フセイン大統領が大量破壊兵器を持っている、という米英の誤った諜報情報から始まったイラク戦争。国民を違法な戦争に駆り出し、多くの犠牲者を出し、戦後の安定化に失敗し、ISISを生む土壌にもなったこの戦争の真実をイギリス人は今も追及し続けている。来週発表される英調査報告書で、遂に政府のウソが明らかになるかもしれない>

 7月6日、英国でイラク戦争を総括的に検証する「イラク調査委員会」(ジョン・チルコット委員長の名前から、通称「チルコット委員会」)が報告書を発表する。260万語で書かれた、膨大な書類となる見込みだ。開戦当時首相だったトニー・ブレア氏がイラクへの侵攻の決断をどこまで批判されることになるのかが注目される。英国民にとって忘れられない痛みと怒りを想起させるイラク戦争の全貌を明らかにする試みとなる。

英国民にとってどうしても忘れられない戦争

 イラク戦争開戦(2003年3月)からもう13年以上が経つ。

 シリアとイラクを根城にする過激派テロ組織ISIS(自称「イスラム国」、別名ISIL)が生まれる前のイラク、サダム・フセイン大統領が統治していた時代のイラクはずい分と昔のようにも思える。

 しかし、英国民にとってはどうしても忘れられない戦争だ。百万人単位の反戦デモが発生した開戦前夜から現在に至るまで、その節々の時に何が起きたのかが鮮明に記憶に残る。

 なぜ忘れられないのか?

 それはジャーナリスト、ピーター・オボーンがかつて言ったように「エスタブリッシュメント(社会の支配者層)への信頼感がガラガラと崩れた」戦争だったからだ。

 戦争の全貌がようやく明らかになるチルコット委員会の報告書を、開戦当時の政権関係者は恐れを持って待ち、戦死した179人の英兵の遺族を含む国民は「今度こそ、真実が解明される」と思い注目している。

世論が真っ二つに割れる中、空爆を開始

 検証作業の原動力となったのは国民の「ブレア政権に裏切られた」、「なぜこんなことになったのかを知りたい」という強い思いだ。メディアが国民を後押しし、解明への機運を持続させてきた。

 開戦前、トニー・ブレア英首相(当時)は、ジョージ・W・ブッシュ米大統領(当時)とともに「イラクは大量破壊兵器を持っている」、「フセイン大統領による世界的な脅威がある」などを理由としてイラク侵攻を主張した。ブッシュ政権と「ともに戦う」姿勢を示した。

 この時、多くの知識人が「新たな国連決議がなければ、武力攻撃は違法ではないか」、「大量破壊兵器は本当にあるのか」と指摘し、メディアもブレア政権の主張を批判的に報道した。全国各地で大規模な反戦デモが何度も発生した。

 英国全体が戦争支持と反対で真っ二つに割れる中、議会で参戦決議を可決させた政府は2003年3月20日、米国とともにバグダッドへの空爆を開始する。

 英米軍を中心とした多国籍軍の圧倒的な軍事力により、フセイン政権は間もなくして倒れた。しかし、大量破壊兵器は見つからなかった。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米国株式市場=S&P・ナスダック上昇、トランプ関税

ワールド

USTR、一部の国に対する一律関税案策定 20%下

ビジネス

米自動車販売、第1四半期は増加 トランプ関税控えS

ビジネス

NY外為市場=円が上昇、米「相互関税」への警戒で安
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 6
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 7
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 8
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 9
    【クイズ】2025年に最も多くのお金を失った「億万長…
  • 10
    トランプが再定義するアメリカの役割...米中ロ「三極…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 3
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥーが解明される...「現代技術では不可能」
  • 4
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 5
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 6
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 7
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中