美味しいロンドンはロシアが作る
ロシアの先行き不透明なビジネス事情も国外進出の要因だ。「みんな国外に拠点を置きたがるのは安全のためだ」と語るレオニド・シュトフはモスクワの広告会社を売却し、ロンドンでレストラン経営に着手した。
シュトフがソーホーに出したボブ・ボブ・リカードは、アメリカの軽食堂に30年代の食堂車をミックスした摩訶(まか)不思議な空間だ。ブース席にはランプや真鍮の手すりがあしらわれ、「シャンパンをご注文の際は押してください」と書かれたボタンが付いている。鮮やかなピンクと緑の制服を着たスタッフは、テリー・ギリアムの映画から抜け出してきたようだ。
メニューはロシア料理とイギリス料理で、ワインリストにはお値打ち品も。小売店で52ポンドのラ・レゼルブ・ド・レオビル・バルトンが82ポンドと、レストランとしては控えめな値付けだ。
ロシア勢の成功の秘訣は、銀行に帳簿をにらまれている地元の実業家には決してまねできない奇抜なアイデアを実現している点にあるらしい。
例えばワインショップのヘドニズム・ワインズはこれまでの酒屋とは別世界。テイスティングコーナーには切り株をくりぬいた椅子を起き、天井にはワイングラスのシャンデリアをつるし、子供が遊べるコーナーまである。
メニュー3品で繁盛店に
オーナーのエフゲニー・チチバーキンはロシアの携帯電話事業で財を成した後、09年にロンドンに移り、3年後にヘドニズム・ワインズをオープンした。ロシア人らしく、チチバーキンもロンドンで事業を始める際の規制の厳しさに驚いたという。「別に構わない」と彼は言う。「ここは個人の財産が尊重される法治国家だから」
ヘドニズムは開店から1年で品揃えを評価され、ワイン雑誌デキャンタで「ロンドンのワインショップ・オブ・ザ・イヤー」に選ばれた。1811年物のシャトー・ディケム(9万8000ポンド)など超お宝もそろう。
【参考記事】ポルトガルで出合う究極のエッグタルト
ミハイル・ゼルマンのバーガー&ロブスターは、その名のとおりハンバーガーと蒸したロブスター、そしてロブスターのサンドイッチのみで勝負する。価格はいずれも20ポンド。料理の選択肢が3つしかない旧ソ連顔負けのレストランに、今ではロンドンっ子が行列をつくる。
バーガー&ロブスターは今やイギリス国内だけで10店以上を展開、1日に5000尾以上のロブスターを売りさばく。ゼルマンはロブスター・サンドイッチ専門のスマック・ロブスターロールやステーキハウスのグッドマンにも手を広げた。
「スペインのオーブンで焼き、ロシア人が給仕するアメリカンビーフをロンドンの人が食べてくれる。これもグローバル化のおかげだ」とゼルマンは言う。「外国人がクレージーなアイデアを持ち込んで、成功できる。それが今のロンドンだ」
[2016年6月28日号掲載]