最新記事

法からのぞく日本社会

刑事裁判の新制度「一部執行猶予」は薬物中毒者を救うか

2016年6月9日(木)17時39分
長嶺超輝(ライター)

FotoMaximum-iStock.

<今まで裁判官が懲役刑を言い渡すときは「実刑」と「執行猶予」の2パターンしかなかった。極端な2択の間で揺れてきた日本の司法判断に、より多様な選択肢をもたらすと期待されるのが「一部執行猶予」だ。この新制度は、清原和博氏のような薬物中毒者を救う一助となるだろうか>

 高校時代からスター選手として野球ファンを沸かせ続け、22年間の現役生活で積み上げたホームラン数は、じつに525本。名球会にも名を連ね、日本プロ野球界に多大な貢献を果たしてきた清原和博被告人に対し、2016年5月31日、東京地裁は執行猶予つきの有罪判決を言い渡した。罪名は、覚せい剤取締法違反である。

「このような自分の姿を、報道でこれ以上子どもたちに見せたくない」と、涙ながらに法廷で述べた清原氏は、覚せい剤からの脱却と社会復帰を誓った。情状証人として出廷した佐々木主浩氏も、「2回目はないと信じている」と話している。

 ただ、覚せい剤をやめるために、一時は自らの命を絶つことすら考えたという清原氏である。薬物の誘惑を完全に断ち切り、社会復帰を遂げるまでには、想像を絶する過酷な道のりが待っている。本人ひとりの力だけで乗り切ることはまず無理だろう。友人・知人、野球関係者、医療関係者など、周囲の人々による物心両面でのサポートが必須となる。

【参考記事】顔食い男と、疑われた薬物「バスソルト」

 奇しくも判決の翌日、6月1日から、「刑の一部の執行猶予」という新しい制度が始まった。犯罪を繰り返す人、特に薬物犯罪の再犯を防止し、立ち直りをサポートするための制度だ。もちろん清原氏のために作られた制度ではないが、決して無縁ではない。ありえないし、決してあってはならないが、仮に万が一、清原氏が再び薬物犯罪を犯して検挙されてしまったならば、判決でこの「一部執行猶予」が適用される可能性はある。

 これからの司法は、特に「被害者なき犯罪」と呼ばれる薬物犯罪に対して、処罰よりも「治療」を優先させる姿勢で臨むことになった。

「一部執行猶予」とは何か?

 今まで、刑事裁判の判決で懲役刑を言い渡すときは、大きく分けて2パターンしかなかった。

●実刑判決......判決が確定したら、ただちに刑務所で服役する。

●執行猶予つき判決......服役をひとまずペンディングにしておき、実社会で一定年数の間、再び犯罪を犯さずに過ごせれば、懲役刑の言い渡しをなかったことにする(※前科は残る)。今回の清原氏のケース。

 これは、いわば「オール・オア・ナッシング」「100かゼロか」の選択である。あえて乱暴な物言いをすれば、1回目は執行猶予で「自由に任せるだけ」、2回目以降は実刑で「刑務所に入れるだけ」だ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ECB総裁、欧州経済統合「緊急性高まる」 早期行動

ビジネス

英小売売上高、10月は前月比-0.7% 予算案発表

ワールド

中国、日本人の短期ビザ免除を再開 林官房長官「交流

ビジネス

独GDP改定値、第3四半期は前期比+0.1% 速報
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 2
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 5
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 6
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 7
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 8
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 9
    プーチンはもう2週間行方不明!? クレムリン公式「動…
  • 10
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 10
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中