最新記事

東南アジア

ミャンマー新政権も「人権」は期待薄

一定の民主化は進んだが、半世紀ぶりに誕生した文民政権に軍部を抑える権限は極めて限られている

2016年4月12日(火)17時40分
エマニュエル・ストークス

視界不良 アウン・サン・スー・チー(左)の側近だったティン・チョー新大統領(右)に期待が集まるが Ye AungThu-POOL-REUTERS

 ミャンマー(ビルマ)が民主化に動き始めたばかりの12年11月、
ヤンゴン大学のホールは大勢の聴衆で埋め尽くされていた。彼らが待っていたのはバラク・オバマ米大統領。僧侶のガンビラは最前列で、オバマの歴史的な演説に耳を傾けた。

 それはミャンマーにもガンビラにも、大きな意義のある瞬間だった。ガンビラはその5年前、軍政に反対する「サフラン革命」と呼ばれる全国的な抗議運動を率いていた。当局の取り締まりによって、彼をはじめ多くの反軍政派指導者が収監され、ひどい拷問を受けた。

 だから、ガンビラが恩赦により釈放されて間もなくオバマの演説を聴くことを許されたのは、大変な出来事だった。ミャンマーに重大な変化が訪れる予兆に見えた。米外交当局者が好んで言い立てる外交のサクセスストーリーかもしれなかった。

 オバマは演説の中で、前年に大統領となったテイン・セインの下で達成された進展をたたえた。サフラン革命以降、「変化への願いに対し、改革案が応えてくれている」とオバマは指摘。数々の恩赦にも言及し、「政治犯が1人もいなくなる未来」を望んでいると語った。

【参考記事】ビルマで泳いだ男の数奇な人生

 ガンビラはその夜、オバマと記念撮影をした。そして数週間後、再び身柄を拘束された。

 今もミャンマーには何百人もの政治犯が拘束・収監されている。当時のオバマの展望からすれば、この国がまだ「変化への願い」に応えていない証拠だ。

 政治犯には学生の活動家やその支援者もいる。フェイスブックに風刺的な投稿をして「オンラインでの名誉毀損罪」に問われた市民もいるし、報道内容を理由に収監されたジャーナリストや、反政府的な詩を書いた詩人もいる。

 ガンビラの場合は、拘束と釈放を繰り返している。今年1月半ばには、現在の居住地であるタイからミャンマーに違法に入国した容疑で、令状もなしに逮捕された。

 先月には正式に起訴され、実刑は免れないようだ。長期にわたる拘束は、過去の収監が原因で深刻な精神疾患を抱えるガンビラの健康に大きな影響をもたらしている。しかし保釈要求は繰り返し却下されている。

邪魔をする憲法の規定

 ガンビラの家族によれば、彼の精神状態について専門家が証拠を提出しているが、判事が目を通そうとしないという。国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチのアジア副部長のフィル・ロバートソンは、政府側の対応について、「ガンビラが軍事政権に行ってきた長年の抗議行動に対する、政治的な動機からの報復だ」と語る。

 ガンビラが刑務所に再び送られたことからも分かるように、ミャンマーでは民主化が始まって以降、人権をめぐる状況は迷走し、ともすれば後退してきた。一部に実質的な進展が見られた一方で、軍とその配下の機関によるひどい権利の侵害が続いているのだ。

【参考記事】存在さえ否定されたロヒンギャの迫害をスー・チーはなぜ黙って見ているのか

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中