タランティーノ最新作『ヘイトフル・エイト』、美術監督・種田陽平に聞く
『ドクトル・ジバゴ』のように山や川や町といったいろいろなシチュエーションがあるとき、70ミリは最高なんです。本来、密室劇にはあまり向いていない。それなのになぜ『ヘイトフル・エイト』を70ミリで? と不思議に思うかもしれない。
ところが仕上がった作品を見て、僕は分かったんです。デジタル撮影と違い、70ミリフィルムでの撮影はピントが合いにくい。例えば顔にピントを合わせると、奥がぼけぼけになる。だから肉眼で見たときとは全然違う空間として撮影できる。
しかもワンカットごとに照明も変えてある。するとあるときはイスが近くに見え、あるときは窓が遠くに見え、あるときは細部がすごくよく分かる......と空間に多様性が生まれ、ワンセットでやっているように見えないんですね。これが普通のデジタルカメラだったら、すぐに「どこを撮っても同じだな」ってなっちゃう。
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1部屋のセットでも、ちょっとしたパーティションや廊下や中2階などの、凹凸があったほうが面白い。でもクエンティンが「死角は作りたくない」と言うので、美術面ではいろいろな手が使えなかった。本当は前菜が出て、スープが出て、お魚の次はお肉......ってやったほうがゴージャスで楽しめるが、今回は一杯のラーメンどんぶりの中にすべての宇宙がある(笑)、みたいなやり方だった。
彼は役者がリハーサルに入る前、スタッフをセットの外に出して、自分1人で演じてみるんです。ドアを開けて入ったり、歩数を数えたり、イスに座ってみたり。登場人物になりきって、あらゆるものをチェックしている。それで「種田を呼んでくれ。このテーブルはもうちょっと高くしたい」とか指示が来る。こだわりのラーメン屋の店主が、チャーシューの位置を直すといった風で、その修正は厳密で迷いがない。
――製作中の失敗や成功など、印象的な逸話はある?
いっぱいありすぎて話し切れないけれど......。例えば美術的なことではないが、ジェニファー・ジェイソン・リーが弾いていたギターを壊しちゃった件。
1800年代の貴重なアンティークだということは本人も、助監督も知っていた。彼女はそれでずっと練習していて、本番では彼女が歌い終わったら「カット」、カットしたら別のギターに変えて壊すという段取りになっていた。でも監督がそれを知らなくて、「カット」の声を掛けなかった。だから(アンティークであることも、段取りも知らなかった)カート・ラッセルが芝居を続けて、ギターを奪って壊した。ジェニファーが「ぎゃー」と叫んだのは、本物のリアクションだった。
「壊しちゃった!!」と彼女が大騒ぎしたから、クエンティンとカートは「何?」「なんで教えないんだよ」ってなったらしく......。みんなで破片をひろい集めて、そこにサインして博物館に寄贈し、「『ヘイトフル・エイト』で壊された本物のギター」として展示されることになったそうです。
――撮影現場にはしょっちゅう足を運んだのか。
たいてい朝に現場に行き、撮影が始まるのを見届ける。今回はシチュエーションが少ないが、それでもクエンティン組は次から次に解決すべき課題が生じるから。なんといっても監督が完璧主義だし、妥協するタイプじゃない。
それでいうとクエンティンは、21世紀のコンピュータに管理された映画の世界に、ドン・キホーテのように立ち向かっていると思う。そんなクエンティンの意気に感じ、僕たちも図面はすべて手描きで描いた。今はみんなコンピュータで描くのが普通だけど。すたれていく技術をあえて使うことで映画に人間の息吹を与え、次世代に伝えようということだと思う。