タランティーノ最新作『ヘイトフル・エイト』、美術監督・種田陽平に聞く
オーソン・ウェルズみたいな巨匠になってきた、という印象で、僕はそれがとても嬉しかった。僕は巨匠監督という存在が好きなんです。いつの時代も新人監督はたくさん出てくるけど、彼らが全員、巨匠になることってないですよね。中堅まで行くことができても、巨匠になる人はそうそういないというのが今の映画界の実情だと思う。監督の資質というよりも、映画作りの環境が変わってしまったから。昔はハリウッドにもフランスにも、日本にだって黒澤(明)、溝口(健二)、小津(安二郎)とか巨匠監督がごろごろいました。
クエンティンが以前と変わらないのは、ご機嫌になると大笑いするところかな。げらげら笑いながら撮影している。大しておかしくなくて、誰も笑っていないんだけど(笑)、本人は「いやー、面白かった。だから、もっと面白いのをもう一回」って言いながら、延々と撮っている。そんなところは同じだった。
――テイクが多いようだが、現場としては過酷なのか。
クエンティンは役者のすぐそばでげらげら笑いながら、「もう一回、もう一回」みたいな感じでやっている。だから役者もピリピリしない。現場は過酷という雰囲気にはならない。
OKテイクが出ると、彼が「今のは『ジェシカ』だな!」って。ジェシカは「OK」のことで、なぜそう言うのかは忘れたけど(笑)。「じゃあ、OKだ。OKだからもう一回撮影しよう。なぜなら......」ってクエンティンが言うと、スタッフがみんなで、「Because we love making movies!(だって僕たちは映画を作るのが大好きだから!)」って叫ぶ。
映画作りが好きだから、撮影が好きだから何度も撮っているんだよね、と。傍から見るとクレイジーかもしれないけど、その場にいると本当に明るい雰囲気です。
――今回の作品で、タランティーノからはどんな注文が?
彼の場合、撮影の準備をしているときは「脚本家」なんです。「映画のバイブルは脚本だ」と。これは実は当たり前のことだけど、そういう監督はいま意外と少ないかもしれない。
すでに脚本に細かく書かれてあるから、脚本を読めばすべて分かる。例えば、密室劇の舞台となる「『ミニーの紳士服飾店』にはバーカウンターがある。ボトルは3本しかないが、ここをバーと呼ぶならバーといえよう。シチューが作ってあって、シチューしかないが、ここをレストランと呼ぶならレストランといえよう。雑貨や生活用品があり、何でもそろっているが、ただ1つ、ミニーの紳士服飾店にないものがある。それは紳士服だ」って書いてある。
紳士服飾店(haberdashery)って、都会にあるテーラーみたいなものだけど、それをど田舎にわざわざ置いて、「紳士服飾店」って看板なのに紳士服を置いていない。そういう店を作ってね、というのがクエンティンの希望で、ひねりが効いている。
――デジタルではなく、最近では珍しい70ミリフィルムで全編を撮影している。そのことを初めて聞いた時はどう思ったか。
初めて聞いた時というか、台本1ページ目に「70ミリの大画面」って書いてある。「70ミリの大画面に広がるワイオミングの広大な山々。6頭立ての駅馬車が走っているのが小さく見える......」みたいな書き方で始まっていて。しかも一回だけでなく、何度も「またも70ミリの大画面に」って書いてあるんです(笑)。
クエンティンのこだわりは本当にすごくて、台本の表紙にも、ティーザー・ポスターにも「70ミリのシネマスコープ」とあり、もうあらゆるところに70ミリ、70ミリって書いてある。
いま日本には、70ミリのフィルムを上映できる映画館がない(今回はデジタル版の上映)。だから、せめてスクリーンの大きい丸の内ピカデリーなんかで観てほしい。そうするとオリジナルの雰囲気、クエンティンが70ミリで狙った世界が分かってもらえると思う。