カーターの癌は消滅したが、寿命を1年延ばすのに2000万円かかるとしたら?
こうした画期的な新薬はここ数年で立て続けに生まれたように見えるが、奇跡の新薬が生まれるまでには何十年、いや何世代にも及ぶ研究が必要だった。
98年以降、失敗に終わったメラノーマの治療薬開発プロジェクトは少なくとも96件ある。同時期に何らかの成果を挙げた研究は10件にすぎない。
山のような失敗とわずかの成功を通じて、メラノーマそのもの、そして癌細胞を攻撃する免疫システムの役割についての理解が深まった。それを土台に、より有効で安全性の高い治療薬の開発が始まる。臨床試験の実施と併せて、この段階でも長い時間が必要だ。
恩恵と負担のどちらが大きい?
新薬開発の最終段階に多額のコストがかかることは避けられない。とくにここ数年はコストの膨張に拍車がかかっている。タフツ大学の研究チームによると、新薬開発の平均コストは過去10年間で約8億ドルから26億ドルに膨れ上がった。
成功した治療薬ひとつで、失敗した何十件ものプロジェクトの費用を賄わなければならない。
研究開発費の元が取れず、進行中のプロジェクトの予算が圧迫され、株主に十分な配当金を支払えない──そうした見通しがあるかぎり、製薬会社がメラノーマなど致死性の高い病気の新薬開発に及び腰になるのも当然だ。
コストは度外視できないが、新薬がもたらす恩恵を考えれば、その創造を推進する政策の重要性は改めて指摘するまでもない。
新しい治療薬のおかげで、癌患者の平均余命はかつてなく延び、辛い副作用はほとんどなくなった。カーター元大統領の元気な姿がそれを実証している。カーターにとって、家族や友人たちと過ごす時間は思いがけない贈り物だ。彼は今も世界各地を飛び回ってライフワークの慈善活動を続けている。
免疫療法はまだ新しい分野で、今後数年にどんな新発見がもたらされるか予想もつかないが、現時点で明らかなことがひとつある。研究支援を渋れば、未来の患者から命を救う治療薬を奪うことになる、ということだ。
(筆者のチャールズ・ボルチはサウスウエスタン医療センターとテキサス大学MDアンダーソン癌センターの教授で専門は外科。ジョン・カークウッドはピッツバーグ大学癌研究所のメラノーマ・プログラムの共同ディレクター)