最新記事

中国

世界2位の経済大国の「隠蔽工作ショー」へようこそ

2015年12月17日(木)16時02分
高口康太(ジャーナリスト、翻訳家)

 当初、大々的な成果が伝えられたが、その多くはメンツ・プロジェクトに過ぎなかった。他の畑で収穫されたじゃがいもを視察がある畑に前もって埋めておき、記録的な大豊作だと宣伝する。こうした稚拙なごまかしが多発していた。「ペンキ緑化」ならば笑い話ですむが、大躍進の害は笑いごとではない。うわべを取りつくろう一方で実際の生産力は激しく低下し、3000万人以上の死者が出る史上空前の大惨事となった。

温室効果ガス削減でもごまかしが横行するのでは?

 大躍進の被害は空前絶後だが、規模は小さくともメンツ・プロジェクトなどのうわべの取りつくろいは現在も続いている。例えば経済統計だ。正しい経済政策を実施するためには現状の把握が不可欠だが、中国では容易なタスクではない。

 現首相の李克強氏は、遼寧省トップを務めていた2007年に、米国大使相手に「GDP(国内総生産)成長率の統計など信用できません。私は鉄道貨物輸送量、銀行融資残高、電力消費の推移から経済状況を判断しています」と発言している。省のトップでありながら、各種のごまかし、取りつくろいがある統計は信じられないと考えていたわけだ。

 もちろん中国政府も無策ではない。より正確な経済統計を得ようと、さまざまな対策を打ち出している。例えば、企業が中央官庁に直接データを送るシステムだ。これならば地方政府も粉飾できないだろうと考えていたところ、新システム導入からほどなくして、企業のデータ提出前に地方政府が確認し、数値改ざんを指示したという事件が発覚している。

 中国経済は今、転換点を迎えている。ハードランディングを避けつつも、生産能力過剰の解消や地方政府の債務抑制を進めなければならない状況だ。景気刺激と引き締めの微妙なアクセルワークが必要となるだけに正確な状況把握が何よりも肝心だが、政府高官が経済指標を信用できないとあっては、経済運営の難易度はベリーハードと言うしかない。

 世界2位の経済大国となった今、中国のリスクは世界の問題でもある。経済運営の失敗は世界経済に大きな打撃を与えるものとなる。また、先日のCOP21(国連気候変動枠組み条約第21回締約国会議)で中国は温室効果ガス削減の義務を負ったが、削減量を本当に把握できるのか。経済統計同様にごまかしが横行するのではないかと早くも懸念されている。

「中国は新聞記者の天国、統計学者の地獄」という言葉がある。世界を驚かせるようなエピソードが次から次へと出てくる一方で、正確な統計を知ることはきわめて困難だという意味だ。毛沢東の時代からえんえんと続くごまかしと取りつくろい。これをいかに解消するかは中国政府にとっても悩みのタネとなっている。

 中国のリベラル派は、処方箋として「民主メカニズム」の導入を提言している。報道の自由を確保してメディアによる監視を実現すること、不正な官僚を選挙で淘汰すること、法治を確立すること――こうした民主主義的な仕組みで抑止できると考えている。民主化する"べき"というイデオロギーの問題ではなく、経済的な側面から中国は民主主義を必要としているのかもしれない。

<この執筆者の過去の人気記事>
計測不能の「赤色」大気汚染、本当に政府が悪いのか
日本企業が「爆売り」すれば、爆買いブームは終わらない
中国の「テロとの戦い」は国際社会の支持を得るか

[執筆者]
高口康太
ジャーナリスト、翻訳家。1976年生まれ。千葉大学人文社会科学研究科(博士課程)単位取得退学。独自の切り口から中国・新興国を論じるニュースサイト「KINBRICKS NOW」を運営。著書に『なぜ、習近平は激怒したのか――人気漫画家が亡命した理由』(祥伝社)。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 6
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 7
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 10
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中