パレスチナ「国家格上げ」の舞台裏
国連総会でヨーロッパ諸国の裏切りに遭い、イスラエル政府内部はパニック状態に陥った──
念願の地位 国連総会で演説するアッバス。手前は国家の地位獲得を喜ぶパレスチナ人 Marko Djurica-Reuters
イスラエルの反応は驚くほど静かだった。国連でのパレスチナ自治政府の資格を「国家」に格上げする決議案が国連総会で可決されたのは11月29日。その数週間前、イスラエル外務省高官は政府の取るべき対応を文書にまとめていた。
本誌が入手したこの文書は全部で5ページ。日付は11月12日となっている。文書は国連の動きについて、イスラエルの威信を「著しく傷つけ」、将来の和平交渉における立場を弱体化させると非難。パレスチナ側がイスラエルを戦争犯罪で国際刑事裁判所(ICC)に訴える可能性もあると警告している。
さらに決議案が可決された場合、パレスチナ自治政府のマフムード・アッバス議長に「重い代価を払わせる」べきだと指摘。この代価にはヨルダン川西岸のラマラに拠点を置く自治政府の解体も含まれるとしている。「弱腰の対応は、白旗を揚げるに等しい」と、この文書は結論付けている。
国連総会が圧倒的多数で可決した決議案は、ベンヤミン・ネタニヤフ首相にとって受け入れ難い内容だ。パレスチナの地位を「非加盟のオブザーバー組織」から「非加盟のオブザーバー国家」に格上げしただけではない。決議はユダヤ人入植地を含むヨルダン川西岸・ガザ両地区の全域に対するパレスチナの権利を認めている。
それでもイスラエル側の反応は鈍い。ネタニヤフは採決直前に「この決議は無意味だ。現実に何の変化ももたらさない」と主張したが、ほかには西岸での新たな入植地建設計画のニュースが流れた程度。アッバス打倒の脅しに比べれば、ずっと弱い反応だ。
なぜ強硬措置を思いとどまったのか。政府内部の意見の相違だけでは説明できない。冒頭の文書を作成したイスラエル外務省を率いるアビグドル・リーベルマン外相は政府内の最強硬派だが、やはり決議案の採決直前になって態度を軟化させている。
むしろ、この姿勢の変化はイスラエル政府内部のパニックに近い心理状態を表していると言えそうだ。決議案の可決はイスエラル側も避けられないとみていた。ネタニヤフは「上質な少数派」の支持を期待すると語った。ここで言う少数派とは、世界の主要な民主主義国のことだ。
だが結局、欧米諸国の中で決議案に反対したのはアメリカとカナダ、チェコの3国だけ。イスラエル政府の内部に孤立感が広まった。「ある時点で、強硬な対応は事態の悪化を招くだけだと判断した」と、ある高官は言う。
この高官によると、最初のターニングポイントはヒラリー・クリントン米国務長官がイスラエルを訪問した11月20日だった。この時点でガザでの戦闘は収束に向かい、イスラエルはガザを支配するイスラム原理主義組織ハマスに大きな軍事的打撃を与えていた。
だが、この戦闘はパレスチナ人社会とアラブ世界でハマスの地位を高める結果になった。アメリカはハマスが影響力を強め、穏健派のアッバスと自治政府が弱体化する事態を強く懸念していた。