パレスチナ「国家格上げ」の舞台裏
報復措置ははったり?
ネタニヤフとの2回の会談でクリントンは、ガザの停戦合意を支援すると約束した。ただし、会談の内容に詳しい関係者2人によるとクリントンは引き換えに、パレスチナの「国家格上げ決議」に対抗する厳しい措置は控えるように強く要請した。
この関係者によれば、クリントンはイスラエル外務省の文書が取り上げている問題にも具体的に言及。イスラエルがパレスチナ自治政府の代理で徴収している税金の送金停止など、アッバスを追い詰めるようなことをしないようにクギを刺した。
さらに、イスラエルは土壇場でヨーロッパを味方に付けられなかった。フランスは採決の2日前に賛成を表明。イギリスは政府内で見解が分かれたものの棄権。国際的な議論ではほぼ無条件にイスラエルを支持してきたドイツも、今回は反対ではなく棄権に回った。
最終的に193の国連加盟国のうち反対はわずか9票だった(棄権41票)。パレスチナの「格上げ」は一方的な行動で和平交渉に反すると主張してきたイスラエルは、少なくともEU(欧州連合)主要国からの後押しを期待していたが、ヨーロッパの反対票はチェコだけだった。
決議がもたらす現実的な影響については、イスラエル政府内で意見が分かれている。例えば、パレスチナが「国家」としてICCの加盟国の地位を獲得したら、先のガザの戦闘で多くの民間人が犠牲になったことはもちろん、西岸のユダヤ人入植地の拡大についても、イスラエルを提訴しかねないという懸念もある。
パレスチナがICCの加盟国として認められれば、ネタニヤフはアッバスに対する脅しの一部を実行に移すだろう。ただし、アッバスを本気で引きずり降ろすとは限らない。
イスラエル側の不満はともかく、アッバスはこの8年、西岸の平穏を守ってきた。イスラエルとの政治的な交渉が行き詰まっても治安の協力体制は維持し、暴力には訴えないという姿勢を貫いている。
「3回目の武装インティファーダ(パレスチナ人の抵抗運動)は起こらない」と、アッバスは11月にイスラエルのテレビのインタビューで強調した。
アッバスが失脚すれば、300万のパレスチナ人が暮らす西岸でイスラエル軍による統治が復活する。イスラエルが数年前に行った試算では、その費用は年間数十億ドルに上る。
そう考えると、イスラエル外務省の文書は、アッバスに対する心理戦とも言えるだろう。「パレスチナ側の観点」と題する長い章には、内部告発によるアッバスの汚職疑惑が列挙されている。アラブ世界の指導者の例に漏れずアッバスも失脚を恐れ、いざというときは家族とヨルダンに逃げる手はずを整えているという。
この章の詳細はイスラエルの複数の新聞にリークされた。パレスチナ側が一種の脅迫と受け止めたのは確かだろう。
「失業や住民の安全、政治腐敗を解決できないアッバスは......国連決議案のような劇的な演出でしか、自分の数多くの失敗からパレスチナの人々の目をそらすことはできないと考えるに至った」とも文書は主張する。
もっとも、このような脅しでアッバスに決議案の提出を思いとどまらせることができると考えていたのなら、失敗したのは間違いなくイスラエルのほうだ。
[2012年12月12日号掲載]