最新記事

チリ落盤事故

世紀の救出作戦で目障りだったあの人

世界が見守るなか、チリ政府は見事な危機管理能力を発揮したが、ピニェラ大統領は救出劇の政治利用に大忙し

2010年10月14日(木)17時09分
パスカレ・ボネフォイ

出たがり大統領 救出された1人目の作業員フロレンシオ・アバロスを抱きしめるピニェラ(赤い服の人物) Jose Manuel de la Maza-Chilean Presidency-Reuters

 チリ北部のサンホセ鉱山で8月に起きた落盤事故で地下に閉じ込められていた33人の鉱山作業員の救出作戦は、家族と世界中から集まった数百人のメディア関係者が見守る中、無事完了した。

 チリのセバスティアン・ピニェラ大統領が作業員たちを救出するために力を尽くしたのは確かだ。さてこのことで、大統領は政治的に何か得るものはあるのだろうか?

 建国200周年にあたる2010年はチリにとって、まさに多難な1年だった。景気が低迷する中、2月には大規模な地震と津波に襲われた。夏に起きた先住民マプチェ族のハンガーストライキも長引いた。

 つまりサンホセ鉱山で救出用のトンネルが坑道まで貫通したというニュースは、多事多難なこの国では歓迎すべきものだった。

 世界の注目はチリに集まり、現地には数多くのメディア関係者が押し寄せた。世界中の人々がテレビに釘付けになり、1人目の作業員が地下600メートルから姿を現すのを待ちわびた。

 この前例のない救出劇がクライマックスを迎える中、ピニェラ大統領は先頭に立って、成功の喜びに便乗しようとしていた。

 だが救出劇は大統領に何かをもたらすのだろうか?

「無事救出は間違いなく、経済成長や雇用創出とも比べものにならないほどハッピーな瞬間になるだろう」と、ピニェラは先週述べた。経済成長うんぬんというのは、先ごろ発表された楽観的な経済見通し(10年の経済成長率を5.1%、11年の成長率を6.1%と予測)のことを指している。

統治スタイルを「民営化」

 政府がなすべきことを見事にやり遂げた点に議論の余地はない。対応は迅速だったし、金を惜しまず、チリ内外からさまざまな分野の専門家のチームを集めた。NASA(米航空宇宙局)のチームは救助用トンネルの掘削や大がかりで複雑で水も漏らさぬ救出作戦の立案に力を貸した。

「ピニェラは国を『民営化』しようとしている。国の資産を売り払うという意味ではなく、民間企業の経営スタイルを政府に持ち込もうとしているという意味でだ」と語るのは、ミチェル・バチェレ前大統領の顧問を務めていたフランシスコ・ハビエル・ディアス。今はシエプランという中南米問題専門のシンクタンクで上級研究員を務めている。

「彼が公約した『新たな統治方法』が何かは今のところはっきりしていない。彼が救出劇と自分の統治スタイルをあれほど結び付けたがっているのはそのせいだ」

 救出計画の指揮を取ったラウレンセ・ゴルボルネ鉱業相の支持率は、その穏やかな人柄や親身な対応のおかげで急上昇。だが大統領の支持率はそうでもない。

 先週、発表された世論調査によればピニェラ政権の支持率は56%だった。「救出への努力をアピールしすぎたせいで、かえって大統領の人気への影響は小さかった。ピニェラは仕事中毒でとにかくよく動く。さまざまな問題でメディアに露出しすぎて、それが仇になっている」と、世論調査を行なった同時代現実研究センター(CERC)のカルロス・ウネエウス専務理事は言う。

 ピニェラは衝動的で物事を自分のコントロール下に置きたがり、意思決定のプロセスを自らの下に集約し、問題の大小に関わらずテレビカメラの前に立って功績をアピールしたがる――そんな声は閣僚や与党同盟の内部からも聞かれる。

メディア受けを狙いすぎ

 メルクリオ紙の報道によれば、ピニェラ政権が発足から半年間に世論調査に投じた額(総計で40万ドル超)は、バチェレ前政権が1年目に使った額を上回るという。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ロシア国営TV、米有権者をトランプ氏に誘導か=米情

ワールド

アングル:ハリス対トランプ」TV討論会、互いに現状

ワールド

SNS、ロシア影響下疑惑の投稿にほぼ未対応

ワールド

アングル:サウジに「人権問題隠し」批判、eスポーツ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本政治が変わる日
特集:日本政治が変わる日
2024年9月10日号(9/ 3発売)

派閥が「溶解」し、候補者乱立の自民党総裁選。日本政治は大きな転換点を迎えている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    国立西洋美術館『モネ 睡蓮のとき』 鑑賞チケット5組10名様プレゼント
  • 2
    「まるで別人」「ボンドの面影ゼロ」ダニエル・クレイグの新髪型が賛否両論...イメチェンの理由は?
  • 3
    森ごと焼き尽くす...ウクライナの「火炎放射ドローン」がロシア陣地を襲う衝撃シーン
  • 4
    「私ならその車を売る」「燃やすなら今」修理から戻…
  • 5
    川底から発見された「エイリアンの頭」の謎...ネット…
  • 6
    世界に400頭だけ...希少なウォンバット、なかでも珍…
  • 7
    【現地観戦】「中国代表は警察に通報すべき」「10元…
  • 8
    「自由に生きたかった」アルミ缶を売り、生計を立て…
  • 9
    「令和の米騒動」その真相...「不作のほうが売上高が…
  • 10
    「冗長で曖昧、意味不明」カマラ・ハリスの初のイン…
  • 1
    エリート会社員が1600万で買ったマレーシアのマンションは、10年後どうなった?「海外不動産」投資のリアル事情
  • 2
    森ごと焼き尽くす...ウクライナの「火炎放射ドローン」がロシア陣地を襲う衝撃シーン
  • 3
    中国の製造業に「衰退の兆し」日本が辿った道との3つの共通点
  • 4
    「あの頃の思い出が詰まっている...」懐かしのマクド…
  • 5
    国立西洋美術館『モネ 睡蓮のとき』 鑑賞チケット5組…
  • 6
    大谷翔平と愛犬デコピンのバッテリーに球場は大歓声…
  • 7
    死亡リスクが低下する食事「ペスカタリアン」とは?.…
  • 8
    無数のハムスターが飛行機内で「大脱走」...ハムパニ…
  • 9
    再結成オアシスのリアムが反論!「その態度最悪」「…
  • 10
    エルサレムで発見された2700年前の「守護精霊印章」.…
  • 1
    ウクライナの越境攻撃で大混乱か...クルスク州でロシア軍が誤って「味方に爆撃」した決定的瞬間
  • 2
    寿命が延びる「簡単な秘訣」を研究者が明かす【最新研究】
  • 3
    エリート会社員が1600万で買ったマレーシアのマンションは、10年後どうなった?「海外不動産」投資のリアル事情
  • 4
    電子レンジは「バクテリアの温床」...どう掃除すれば…
  • 5
    ハッチから侵入...ウクライナのFPVドローンがロシア…
  • 6
    年収分布で分かる「自分の年収は高いのか、低いのか」
  • 7
    日本とは全然違う...フランスで「制服」導入も学生は…
  • 8
    「棺桶みたい...」客室乗務員がフライト中に眠る「秘…
  • 9
    ウクライナ軍のクルスク侵攻はロシアの罠か
  • 10
    「あの頃の思い出が詰まっている...」懐かしのマクド…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中