より自分らしく──テイラー・スウィフトがロックダウンで脱皮
Social Distancing Served Her Well
ミニマルなピアノやかすかな弦楽器の音色が彩る『フォークロア』は、メインストリームのポップスと一線を画す仕上がりに PHOTOGRAPH BY BETH GARRABRANT
<新作『フォークロア』をサプライズ発表したテイラー・スウィフトが見せる成熟への道のり>
新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)によるロックダウン(都市封鎖)にもプラス面がある──そんな話を耳にすると、前向きに考えたいあまりに無理をしていないか、と思ってしまう。だがテイラー・スウィフトの場合は別だと、考えるべきなのかもしれない。
10代半ばでデビューして以来、スウィフトは数年先までスケジュールが組まれた人生を送ってきた。この夏は、昨年8月に発表した7作目のアルバム『ラヴァー』のツアーを行う予定だったが、パンデミックで全てがキャンセルに。そんな状況で、怠惰な生活と無縁の人物がすることは?
その答えは7月23日に明らかになった。本人がツイッターで、4月にレコーディングを開始したニューアルバム『フォークロア』を、深夜0時にリリースすると突然発表したのだ。
驚きはそれだけではない。
熱心なファンの一部(筆者もその一人だ)はずっと、近いうちにスウィフトの音楽が意外な変身を遂げると予想していた。原点のカントリー音楽に回帰するか、1970年代のシンガーソングライター、ジェームス・テイラーやジョニ・ミッチェルへの愛を反映したアコースティック作を発表するのではないか、と。新作のタイトルと、森の中に本人がたたずむグレートーンのカバー写真はそうした推測を裏付けるかのようだった。
実際には、本作はスウィフトならではの会話調のリズムと中音域の歌声を、ミニマルなピアノやシンセサイザー、かすかな弦楽器や管楽器の音色が彩る中間的な作品だ。最もよく似た前例を探せば、90年代半ばから後半にかけてのサラ・マクラクラン、あるいは同時期のイギリスのトリップ・ホップからビートを除いたものだろう。
一方、本作が共通点を持たないもの、または全く気に掛けていないものは、2020年のメインストリームのポップスを定義する要素だ。
さらに『フォークロア』は、ミュージシャン本人の人生の公的なストーリーから大きく離れることで、現代ポップスの主流の言説とも、スウィフト自身の最悪の傾向とも縁を切っている。自分の日記を素材にカントリー曲を制作していた10代の頃に始まったパターンだったが、有名になるにつれ、セレブ文化ののぞき趣味に迎合する彼女の作品は自滅し始めていた。
最悪の例が、17年のアルバム『レピュテーション』だ。カニエ・ウェストとキム・カーダシアンの夫妻と繰り広げたバトルの清算を試みた作品だが、対立劇を再現して得点を稼ぐことに貢献しているとは思えない出来だった。
そうした在り方から抜け出そうという意識がより強かった『ラヴァー』でも、意味深な歌詞を織り込む誘惑に勝てなかった。独立したアート作品というより、自らの人生についての暗号的なメッセージとして彼女の音楽を受け取るよう、ファンに促していた。
児童虐待を扱った曲も
自分のことだけでなく、ほかの誰かに成り代わって語る。本作で踏み出したそんな一歩を代表する収録曲が、実在の女性レべッカ・ハークネスの人生を扱った「ザ・ラスト・グレイト・アメリカン・ダイナスティ」だ。
セントルイスに生まれ、離婚を経験し、石油王の御曹司と再婚したハークネスのライフスタイルと放蕩ぶりは、第2次大戦後の礼儀正しい世間を騒がせた。「全てをぶち壊す素晴らしい時を過ごした」。彼女についてスウィフトはそう歌う。