より自分らしく──テイラー・スウィフトがロックダウンで脱皮
Social Distancing Served Her Well
曲は終盤に意外な展開を迎え、ロードアイランド州にあるハークネスの旧邸を所有するのは自分だと、スウィフトは明かす。同じ場所で(ずっと地味な形だが)地元社交界との対立を経験したスウィフトは、自分も「全てをぶち壊す素晴らしい時」を過ごしていると誇らしげに歌う。自身の公的イメージを取り上げながら、社会の紡がれ方を過去のどの曲よりもはるかに豊かに描いた作品だ。
別の収録曲「セヴン」では、子供時代の友人のことが描写される。彼女は家庭で虐待されていたので、逃亡計画を手助けし、一緒に家出してインドへ行こうと考えた──。軽やかなタッチで児童虐待を描いてみせたのは偉業だ。
より自分らしくなって
スウィフトのお気に入りのテーマである恋愛と失恋の曲もあるが、その大半に昼メロ的な仰々しさはない。ネットフリックス配信のドキュメンタリー『ミス・アメリカーナ』で本人が語るように、より成熟して安定した関係(現在の恋人はイギリス人俳優のジョー・アルウィンだ)を築くなかで、失恋しなくてもまだ失恋について書けることにスウィフトは興奮している。
収録曲のうち3曲はティーンエージャーの三角関係をめぐる3部作だともいうが、どの曲なのかははっきりさせていない。おそらく3部作の核は、恋人を裏切る17歳の少年の視点でつづる「べティ」だ。残りの2曲は少年の浮気相手の立場で歌う「オーガスト」と、成長したべティが過去を振り返っていると解釈できる「カーディガン」だろう。
正しい答えはともかく、移り変わる視点は、被害者意識を歌ったこれまでの多くの曲とは対照的だ。誰に責任があるかは見方によって変わるという真実を証言している。
本作を通じて、スウィフトの音楽は前進モードから、いわば循環型の停止状態に移行している。そこから生まれるのは、彼女は議論に決着をつけるのでなく、問いを共有しようとしているという感覚だ。
もっとも本作では、曖昧なロマンチシズムや手当たり次第の比喩をばらまく傾向があまりに目につく。アーティストとしても、政治的分析においても、視野の狭さは今もスウィフトの欠点。抑えたドローン(変化のない持続音)やオスティナート(一定の音型を反復する技法)の採用は、彼女自身の袋小路から抜け出す道ではないだろう。
それでもスウィフトは、本作でより自分らしくなっている。大きくつまずくことなく、この数カ月で過去5年間をしのぐ成長を遂げたようだ。この事実は盛大に祝うべきだろう。もちろん、社会的距離を取ることは忘れずに......。
© 2020, The Slate Group
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[2020年8月25日号掲載]