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8月5日に他界した、巨人トニ・モリスンが私たちに問い掛けたこと

2019年09月04日(水)17時30分
テッサ・ロイノン(オックスフォード大学研究員)

アメリカの社会と歴史 が見落としてきた人々を描き続けたモリスン(79年) JACK MITCHELL/GETTY IMAGES

<88歳で世を去ったアメリカ人作家モリスン。『ビラヴド』などで知られる偉大な文学者は黒人の厳しい現実としなやかな強さを描き続けた>

トニ・モリスンは、あらゆる固定観念をうのみにすることがなかった。

8月5日に88歳で他界したモリスンは、半世紀の小説家・批評家人生を通じて、人間の人生とアメリカの歴史の中で見落とされがちな要素に注目し続けた。この点は、70年のデビュー小説『青い眼がほしい』(邦訳・ハヤカワepi文庫、以下の小説も同じ)から、今年2月に出版された最後の評論集『自尊心の源』まで変わらなかった。

モリスンは31年、オハイオ州ロレーンの貧しい黒人家庭に生まれた。故郷の町は不況に苦しむ工業都市。父親は近くの製鉄所で働き、母親は教会の聖歌隊で活動していた。少女時代になじんだ音楽や物語、聖書は、将来の著作のスタイルと価値観を形作ることになる。

一族で初めて大学に進んだモリスンは、49~53年にワシントンのハワード大学で英語と古典を学んだ。このとき、人種による分断と偏見の激しさに強いショックを受けた。

その後、コーネル大学の修士課程で英語を専攻。大学院修了後は大学教員や出版関連の職を経て、大手出版社ランダムハウスの編集者になる。

このニューヨークでの編集者時代には、トニ・ケイド・バンバーラ、レオン・フォレスト、ゲイル・ジョーンズといった黒人作家の小説を送り出し、米文学界の在り方を様変わりさせた。黒人解放運動家のアンジェラ・デービスや、ボクサーで人種差別を痛烈に批判したモハメド・アリなどの自伝も手掛けている。

執筆活動に専念するようになったのは、77年に発表した3作目の小説『ソロモンの歌』が目覚ましい成功を収めてからだった。 87年の『ビラヴド』は、モリスンの最も有名な作品になった。92年の『ジャズ』は過小評価されている傑作と言えるだろう(十分に理解されていないことが過小評価の原因なのかもしれない)。

モリスンはこれらの作品を通じて、社会と歴史が軽んじたり、黙殺したりしてきた人たちにスポットライトを当て続けた。こ うした傾向は、虐待された「醜い」黒人少女ピコーラ・ブリードラブの心の内面を描いた『青い眼がほしい』以来、実に一貫 している。

ただ死を悼むだけでなく

『ビラヴド』では、ある理由で幼い娘を手に掛けた元奴隷の母親の贖罪を描いた。『ジャズ』では、20年代にバージニア州の 田舎町からニューヨークのハーレム地区に移住した中年夫婦の苦闘と成功をテーマにした。

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87年に発表した小説『ビラヴド』は代表作に JOHN LAWRENCE ATLEYーFAIRFAX MEDIA/GETTY IMAGES

この2つの作品には、モリスンらしさが凝縮されている。彼女が数々の作品で描いてきたのは、多くの黒人たちが人生で直面する厳しい現実と、逆境に屈しないための豊かな知恵、そしてしなやかな強靭さだった。

アフリカ系アメリカ人女性で初めてノーベル文学賞を受賞したのは93年。その後もさまざまな賞を授与され、多くの称賛を浴びてきた。著作は多くの言語に翻訳され、世界中で読者を獲得し、研究対象として論じられ、愛されている。

しかし、しばしば「マイノリティー」の作家と位置付けられ、普遍的な重要性を持った作家として十分に評価されない時期が 長く続いたことも事実だ。この状況は、保守的な文学研究者やメディア関係者の間でとりわけ際立っていた。

【参考記事】スキャンダルで問い直されるノーベル文学賞の真の価値
【参考記事】女子学生のレスビアン小説、大学当局が削除命令 多様性と寛容が消えゆくインドネシア

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