最新記事

ウィキリークス事件

外交官は今もなぜ機密を公電で送るのか

外交公電の書式や手順が冷戦時代から変わらないのは、それが下っ端外交官の出世手段だから

2010年12月1日(水)18時09分
ジョシュア・キーティング

暴露が標準 情報を閉じ込められない今、外交機密はそれ自体が安全保障上のお荷物になった(ウィキリークスのサイト) Gary Hershorn-Reuters

 告発サイト、ウィキリークスが暴露した米国務省の25万点近い外交公電は、アメリカ外交の内情を知る貴重な窓だ。だがこの先端コミュニケーションの時代に、アメリカの外交官はなぜ電報時代の遺物のような通信手法を使っているのか疑問も沸く。国務省はなぜ、今も公電を送るのだろうか?

 理由には、記録や秘密保持、そして出世など様々な要素が絡み合っている。もちろん、国務省の公電が今だに電報のようにケーブルで送られるわけではない。技術的には、70年代前半から電子的な通信方法に変わっている。だが公電の書式と手順は、冷戦時代からほとんど変わっていない。

 外交機密の交信という概念は、ルネッサンス期の近代外交の誕生までさかのぼる。各国の大使が封印された外交専用袋で本国政府に機密を送っていた時代。この袋を第3者が開けることは、法律によって禁じられていた。外交専用袋を開けてはならないことは、今も国際法に定められている。

 19世紀後半に電報用の海底ケーブルができると、ずっと速く報告が届くようになった。それでも、電報代や暗号化のコストが高いので、長い報告書は相変わらず袋で郵送し、電報が使われるのは短い報告の場合だけだった。

出世のために磨き上げられた文章

 例外もある。外交官で政治学者のジョージ・ケナンがソ連からアメリカに送った「ソビエトの行動の源泉」は、米外交史上おそらく最も有名で重要な公電だろう。しかしケナンは単語数5000を超える長文の報告を電報で送ったので、受信する側の国務省は最初、カネの無駄遣いだとカンカンだった。ケナンの「長電報」として知られるエピソードだ。

 大使館員は今も、大事な会議の主旨報告や駐在国の政治情勢分析、政策提言などに公電を使う。公電は簡単に暗号化できる上、国務省はその外交活動を永遠に保管することができるメリットがある。

 電子公電は通常25年後に公開される。大半の公電には大使の電子署名がついているが、実際には格下のスタッフが書き、大使自身は目も通していない場合が多い。

 ウィキリークスが公開した外交公電を読むと、描写の細かさや作家風の趣きに驚かされる。官僚の報告書というより、紀行文学のようだ。よく書かれた公電は、遠くの公館に勤務する地位の低い官僚が名を上げ、ワシントンに返り咲く手段の一つであるため、最大限の効果をもたらすように工夫を凝らして書かれていることも多い。

 だが情報氾濫の現代では、ワシントンの外交官や政治家は電子メールやネット検索でも海外の最新事情を知ることができるため、公電の相対的地位は低下する一方だ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米国株式市場=S&P・ナスダック上昇、トランプ関税

ワールド

USTR、一部の国に対する一律関税案策定 20%下

ビジネス

米自動車販売、第1四半期は増加 トランプ関税控えS

ビジネス

NY外為市場=円が上昇、米「相互関税」への警戒で安
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 6
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 7
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 8
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 9
    【クイズ】2025年に最も多くのお金を失った「億万長…
  • 10
    トランプが再定義するアメリカの役割...米中ロ「三極…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 3
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥーが解明される...「現代技術では不可能」
  • 4
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 5
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 6
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 7
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中