軽やかにジャンルを行き来し「音楽の未来」を体現した、坂本龍一の71年
COMPOSER FOR THE AGES
21世紀に入ると、カールステン・ニコライやクリスチャン・フェネスを含む新世代のコラボレーターに触発され、再び実験的な作品に取り組んだ。「彼は私に、メロディーを恐れるなと教えてくれた」とニコライは言う。「メロディーには実験的な可能性があるということも」
環境問題への意識も高く、09年の『アウト・オブ・ノイズ』には氷河の解ける音を収録。17年の『async』には11年の東日本大震災で水没し、調子の狂ったピアノで演奏した曲も収めた。
最後のアルバムとなった今年1月の『12』には、闘病のかたわら日記風につづった「スケッチ」のような楽曲を集めた。「ただ音のシャワーを浴びたくて」と、坂本は語っている。そうすれば「痛んだ体と心を少しでも癒やせる気がした」と。
昨年末には東京のNHK509スタジオで数々の名曲をピアノで自ら演奏し、コンサート風に仕立てた映像を世界に配信。これが「遺言」となった。
坂本は学生時代の72年に結婚して約10年後に離婚。82年にはミュージシャンの矢野顕子と再婚したが、こちらも06年に離婚した。最後のパートナーはマネジャーでもある空里香(そらのりか)だった。
坂本は日々の暮らしでも音にこだわった。18年のニューヨーク・タイムズとのインタビューでは、長年ひいきにしてきたマンハッタンの日本食レストラン「嘉日」のシェフにメールで、「あなたの料理は大好きで、店も大好きだが、BGMは気に入らない」と伝えたというエピソードを明かしている。その後、彼は店で流すべき曲のリストを送ったそうだ。
美食には妙なる音楽。それだけが坂本の望みだった。
©2023 The New York Times Company