ハリウッドの「アジア系男性像を刷新する『エブエブ』──こんな「アジア人映画」を待っていた
Asian Men Can Be Everything
税務申告のやり直しを迫られ、夫のウェイモンド(右)に不満を持ち、娘(左)との関係に悩むエブリン(中央)がマルチバースを救う戦いに挑む ©2022 A24 DISTRIBUTION, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
<移民一家の物語を奇想天外な設定で描き出した『エブエブ』がハリウッドのアジア系男性像を刷新>
ジャンルの壁を越え、マルチバース(多元宇宙)を横断する話題の映画『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』には、何人ものウェイモンド・ワンが登場する。
アルファバースからやって来た力強いアルファ・ウェイモンド、香港の映画監督ウォン・カーウァイの作品から抜け出てきたような色男のウェイモンド、ぼんやりしているが、妻エブリンに尽くす愛すべき夫のウェイモンド──。
監督コンビのダニエルズ(ダニエル・クワンとダニエル・シャイナート)が手掛けた本作の主役は、明らかにミシェル・ヨー扮するエブリンだ。ヨーが完璧に表現するエブリンの感情的・身体的変遷が物語の軸になっている。
だが、カンフーアクションとドタバタ喜劇と哲学的考察に満ちたこの映画で強い印象を残すのは、キー・ホイ・クァンが演じ分ける複数のウェイモンドだ。主役級のアジア系男性としては異色の役柄で、ハリウッドの典型的なアジア人男性像を脱構築するだけでなく、アジア人の描写に必要な進化も体現している。
クァンは1980年代に『インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説』や『グーニーズ』の子役として有名になったが、その後は俳優業を引退同然だった。本作がこの20年間で2度目の映画出演になる。
クァンは成長するにつれ、アジア系俳優にとって演じる価値のある役が減る一方だと感じるようになった。俳優業から離れたのはそのせいだ。
「アジア人俳優向けの素晴らしい役のオファーが来るかと期待していたが、一度もなかった。本当に落ち込み、失望していた」。アメリカで本作が公開された昨年春、クァンは米誌GQでそう語った。
クァンが子役を卒業した90年代、アジア人男性にとって意味のある役柄は皆無に近かった。ハリウッドの歴史では、それが常態だ。映画の中のアジア系男性と言えば、たいていは数少ない定型のどれか。ジェット・リーのような禁欲的なアクションヒーローか、ジャッキー・チェンのような従順で弱々しいアクションヒーロー、または謎めいた武術の達人の悪役で、そうでなければ忠実な相棒や友人、笑いを誘う役どころが中心だ。
それでも、アメリカではこの10年ほどの間に、アジア系男性が深みのある人物を演じることも増えてきた。ドラマ『マスター・オブ・ゼロ』はアジア人やアジア系アメリカ人の男性を重要な役に起用して称賛を受けた。ただし、こうした例はまだ少数だ。